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 投稿者:交際応援サークル  投稿日:2017年 2月15日(水)12時32分48秒
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Re: 母子相姦

 投稿者:時雨 42  投稿日:2016年11月 3日(木)05時44分54秒
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  > No.23[元記事へ]

> 掲示板はじめました
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こんにちは

 投稿者:n.i  投稿日:2016年 8月 3日(水)14時38分46秒
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Re: 義理の娘

 投稿者:あみ  投稿日:2016年 6月22日(水)01時02分52秒
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  > No.5[元記事へ]

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母子近親相姦

 投稿者:江呂塚  投稿日:2016年 1月10日(日)06時12分3秒
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  こんにちは。
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ママ愛してる

 投稿者:マザコン  投稿日:2014年 9月 4日(木)21時15分16秒
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  3日前に、ママとラブホで初体験しました。とても素敵な体験でした。ママも、気持ちよすぎるのと感動で、セックスしながら涙を流していました。ママとセックスした感想は、とにかくとても幸せな気持ちになるということです。この3日間は、ママのことで頭がいっぱいです。
明日もママと朝からラブホに行きます。ママ、明日も親子で、色々気持ちいいことを沢山しようね。ママ、心から愛しているよ。
 

出逢い交際応援サークル

 投稿者:aya  投稿日:2014年 7月16日(水)14時56分8秒
返信・引用
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ぷちプロフィール

 投稿者:美登里  投稿日:2014年 7月15日(火)12時56分47秒
返信・引用
  23歳OLです。

茶髪のセミロング
へソピ(上下開け)
乳首ピアス(左右/恥w)
※兄の好みです。

彼氏は26歳の実兄、近親歴は中2から。

実兄に彼女が出来るまでの約束でしたが・・・もう、このままでいいかも?
 

母子相姦

 投稿者:ともこ  投稿日:2013年11月 5日(火)13時28分17秒
返信・引用
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中3からパパとしている。

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 2月 2日(土)14時49分0秒
返信・引用
  誰にも言えないけど、中3からパパとしている。
今は一人暮らしだから、あまり無いけど、パパが出張で来た時はしちゃうかな。
今までに何人か彼氏も居たけど、パパが一番気持ち良い。

パパのことを小さい時から好きだったから、後悔はしてません。
それより、女として私をみてくれた事の方が嬉しかった!


上手く言えないけど、パパとだと安心して身体を預けられる。
中イキはパパとしか出来ないです。




 

楽しみにしていたようだった

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 2月 2日(土)14時11分41秒
返信・引用
  大学入学の為、東京で超狭いワンルームマンションを借り引っ越しで母と一緒に上京した。
引っ越しが終わり2日程母もそこに泊まった。
初日の夕食後に母からソープとかに行きたい年齢だと思うけど、病気とかが怖いので絶対に
行かないようにと言われ、どうしても行きたい時には私が代わりにやらせてあげるからと言われた。
そこで今日にでもやらせてほしいと母に言うと、シャワーの後でしてもいいとOKが出た。
そしてコンドームを買ってくるように言われ、ドラッグストアーで買ってきた。
別々にシャワーを浴びた後で、母が全裸になり先ずは女性の身体の構造の勉強ということでワレメを
開いてじっくりと見せてもらい、その後でやらせてもらった。

その翌日は朝食後・昼食後・夕食後と一日中やらせてもらった。
二泊して母は帰ったが、帰る日も朝からやらせてもらった。
その後も毎月一度くらいのペースで母はきたが、毎月来る度に大学を卒業するまで
母とセックス三昧の4年間であった。

当時母が43歳から47歳の事であった。
母は毎月大体金曜日の晩から2泊3日で来ていたが、その間自分の息子に好きなだけ全裸にされ、オマンコも好きなだけ開かれ、
好きなだけ見られ、指を入れられ好き放題にいじられ、最後は犯しまくられ、終わってからも全裸のままでオッパイとかお尻とかを
好き放題触られていたが、毎月おもちゃにされる事を非常に楽しみにしていたようだった


 

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)20時31分49秒
返信・引用
  一回だけの約束
納得済みだった
嫁との約束ではゴムを付ける約束だった
しかし生でやった
生は辞めとけば良かった

娘を見る度
ぺニスが娘の身体の感触を思い出し勃起しまくり
「娘の身体を調教したい」
と思った

俺は娘にお願いした
娘は
「お母さんに悪いから…」
と拒んでいた
嫁の目もあり無理矢理出来ない

結構早くチャンスがきた
土曜日の昼
嫁は外出
娘は部屋にいる
娘は簡単に部屋に入れてくれた

娘は抵抗もせず簡単にやらせてくれた

「痛い?」
って聞いたら
「…大丈夫」
と娘

嫁が帰ってくるまで
娘に愛をささきながら俺は3回射精
俺のぺニスは擦り過ぎて雁から血が出てた

娘は身体を痙攣させ
「イク」
と呟く
最後は身体を痙攣させるだけだった

 

爺さんと姉

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)20時28分32秒
返信・引用
  自転車で5分程度の所に爺さんが住んでいた。父親の実家なので表札はうちと同じ。
婆ちゃんは俺が物心つく前に逝ってしまったので、俺から見た爺さんは身の回りのことは全部自分一人で片付け、矍鑠としたその姿はそれなりに尊敬する対象だった。

「それなり」
と書いたのは俺的にマイナスポイントがあるからで、それは俺よりも2歳上の姉ちゃんを何かにつけ贔屓していたからであった。
ある日、姉の行き先が爺宅だと聞いた俺は遅れをとるまいとして精一杯の立ち漕ぎをもって急いだ。

裏庭に入ったところに姉のと並べて自転車を置き、いたずら心もあって勝手口から靴を手にそろりと忍び込んだ。
爺さんが普段いる場所はわかっている。万年床からベッドに切り替えたばかりのそこは
「寝間」
と呼ばれていて、俺はおそらく中学に 入るまで
「寝間」
と字を充てることを理解しておらず、外来語だとばかり思っていた。

続き間のふすまの端から覗き込むと、どうやらこちら向きの爺さんはベッドの端に頭を当てた状態で床に直に座っていて、あぐらに近い 足の間に姉が背を向けて立っていた。
前側のスカートをまくり上げていて、そこにどうやら爺さんの顔があって、そのおかげで俺に 視線が来なくてすんでいるのだが、やがて爺さんが姉の下着に手をかけてスルスルと脱ぎ下ろした。

足首にまで下りてきた布のかたまりを 姉が自らの意思で撥ね飛ばしたところまでを見、俺も幼いながらもこれは見てはいけないものを見てしまったかとひるみ、身を隠して動悸に 戸惑っていたところへ、今度はフラッシュの光が漏れて、それと同時に姉がキャッキャと笑う声が飛び込んだ。

爺さんも何か返しているみたいなのだがはっきりとは聞きとれない。
その後も何度かフラッシュが瞬いて、その度にまた姉は声を上げたが徐々にテンションは落ちつつあるように感じられた。

そこへいきなり電話の着信音が響いて姉が驚きの声を上げた。それは爺さんの携帯だった。突然の着信に俺もひどく驚いた。
しばらく爺さんの事務的な声だけが響き、そのおかげで俺の耳がその声に慣れ、以後は若干聞き取りやすくなった気がした。

「痛くないか?」
爺さんの声は確かにそう聞こえた。
こうなるともう俺としては気になって仕方がない。見ずにおれない。我慢がならない。
再び目に入った光景は、まどろっこしいので俺の今の知識を加味して描写させてもらう。
姉と爺さんは対面座位で繋がってたのだ。
もちろん当時の俺がそれを即座にも少し後にも理解できたわけではない。
目に焼き付いただけのことである。

爺さんの両手は真上にまくり上げたスカートの生地もろとも姉のようやく判り始めたくびれをしっかりと掴んでいて、ようやっと見ることの できた爺さんの顔は姉の肩ごし、視線は下を向いている。ステテコ姿の脛は白く、足の指が強く反り返っていたのを鮮明に覚えている。

正直なところ、爺さんのペニスが小5かそこらの姉の膣を貫いているとは、今もって信じられないし、当時は想像も及ばなかった。
チンコが勃起することも知らなければ、それを女の股間に挿し入れるなどという行為がこの世に存在すること自体、夢にも思わなかった。

それでも、下半身裸の女児がその無防備な局部を爺さんに晒して、なおかつ押し当てている様は充分に異様で、俺は自失して身を隠すことをすっかりと 忘れてしまっていた。
「靴を!」
爺さんの声は思いのほか大きく、それに驚いたのだろう、姉も斜めに身を剃り返らせて俺の方を見た。

今の俺ならそれなりに何事なのか想像できるのだが、そのタイミングで爺さんはトントンと二回姉の体を上下に揺すった。
これはおそらくなのだが、大声に驚いた姉の膣が瞬間キュっと締まり、その快感に思わず爺さんが腰を送るのの代替行為に出たのかもしれない。

目を閉じた姉の顔が切なげに歪んだが、それが苦痛から来るものではないとは当時の俺にも理解できた。
姉がゆっくりと目を開きならが絞り出すような声で俺の名を呼ぶ。

そもそも俺は靴の件で爺さんに叱られているのもだと思っていたし、姉の姿を見て正直何だか怖くなって身を翻し、玄関へ向かうか勝手口に向かうか 一瞬迷ったが、このまま逃げ帰ってしまおうとの思いもあって勝手口に向かった。

投げるように靴を置いて、履くのももどかしいまま扉に手を掛けたところで 今度は爺さんが俺の名を呼んだ。
「はい!」
と100点の返事だけはすかさず返した俺は、いそいそと靴を履き、一旦勝手口から出て玄関から家に入り直した。

なぜこんなことをしたのかはわからない。
ちょっとでも時間を稼ぐ、消費することによって、さっきの異常事態が解消され、寝間にごく普通の日常が帰ってくることを期待したのかもしれない。
俺が寝間に入ると、姉は今度はベッドに寝かされていた。

着衣はすっかり元に戻っていると勝手に想像したが、そうはなっていなかった。
スカートも脱いで、脇にきれいに畳み置かれている。
上がどんな服装だったが覚えていないのだが、裸で剥き出しになった下半身を、姉はさらに膝を上げながら開脚しており、爺さんは俺とに交互に視線を送る。

「○○(姉の名前)のソソがちょっと具合がちょっとアレで、ほれ、○○(俺の名前)も見てみ、お前のとは違うからわからんか・・・」
そう言って爺さんは少し笑った。

小陰唇は慌ててとじ合わせたのかそれがかえって不自然なほどで、俺の姉の股間など何回も見ていたが、これほどにまで具を晒したパターンは
初めてかも知れず、だからといって小3の俺には性的に別にどうということもなく、ただ姉の顔を見ると、人差し指を伸ばして唇に添えながら、その 表情にはなんともいえない半笑いに近い笑みが浮かんでいて、少なくとも害を及ぼされているのではないと知ることができた。

「大したことはなさそうなので心配させてはいけないから親には言わんようにな」
それでもきっちり口止めはされて、俺は確か札で1000円を爺さんからもらい、その札を小さく小さく折りたたんでポケットにねじ込んだのを覚えている。

「お前のとは違うからわからんか・・・」
これが全てだったと俺が知るには、それからどれくらいの年月が必要だったのか。
幼いとは言え、女の体を持っているからこそ姉は爺さんに贔屓される。
それでも、その日現場を俺が目撃したことで、以降は露骨に差別されることもなかろう。
今にして思えば、俺が帰った後、爺さんはゆっくりと姉の小陰唇を開き直し、その具合を存分に舌で味わっただろうし、今度は正常位で挿入しながら ピロートークとして俺の突然の訪問を語ったかもしれない。




 

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)20時17分29秒
返信・引用
  兄とは学年で言うと6つ違うので、集団登校の班長を兄が務めるってなった時に列に
加われなかったのをよく覚えています。
兄も私もジャージをはくってことは中学になってからだと思うので、兄は中1より上、
その時の私は小1~だったことになります。

帰宅した兄が私に母親の所在を聞いてきて、買い物に出たばかりだと伝えると、兄は
自分の部屋に帰り、また戻ってきた時にはエンジ色のジャージにはきかえていました。
学年でエンジ・緑・紺と色分けされていて、6年後に私も同じエンジ色だったのでよく
覚えているのです。

赤ではなくエンジと呼んでいた理由は不明。
兄はウエストゴムの所から両手をジャージの中に突っ込んでいて、何か企んでいる
雰囲気満載でした。

その時私はベッドにうつぶせて漫画を読んでいました。
「いいものあるけど見たい?」
そんな感じのノリで兄は言ってきたと思いますが、私は 乗りませんでした。どうせ昨夜見たか学校で悪ふざけしたお笑いのマネだったりするのが 想像できたからです。

6学年差と言っても、兄とは精神的はそこまで離れていない印象を私は持っていました。 それは何も兄に限ったことではなく、同級の男子たちがそうだからで、女子のみんなが
「男子って幼稚よねー」
で一致団結していたのが始まりでした。
私は兄の方を見もせずに漫画を読み続けていたと思います。

あれ、兄貴黙ってしまったなーと心配までいきませんが、ちょっと気になって目を向け
ると、兄は下半身を露出していました。
それはもう、男の子のオチンチンではなく亀頭を露出して勃起したペニスでした。

これは今だから知っている知識なので、その時の私には、きっとドラマとかだったら、
「バカー!」
とか言って漫画の本を投げ付けたりするのでしょうけれど、おそらく恐怖 までではないとしても固まってしまっていたのだと思います。
「見た見た見た?」

連呼する口調はさっきのおどけた感じとは変わっていて、どちらかというと威圧的に
感じるほどでした。
すぐに、大きく包み込む感じで兄はモノをしまってはくれたのですが、俗に言うテント
になっていて、掴んだりつまんだりを続けていました。

ポカンとしてる私に背を向けた兄はがさつな感じでベッドに反動をつけて座りました。
そのおかげで私は、漫画の角を唇の下に打ちつけました。

かなり痛かったのでよく覚えています。
「あのさ・・・」
兄は私のお尻の近くに手をついて、ちょっと声をひそめるようにしながら顔を寄せて話し 始めました。

「兄ちゃんの見せたから、今度はおまえのも見せてよ。男と女って違ってるの知ってる
でしょ?」
言い終えると同時ぐらいに兄は、私の腰の遠く側を掴んで裏返そうとしてきました。
ん?これはデジャブ・・・。

もっと私が幼い、物心がまだ付いていない頃にも同じようなシーンがあったような・・・。
そう思う間に私は半身になってしまっていて、兄の力からは強い意志を感じられるほど
でもあり、兄が引き寄せる方にもう一回転して身を起こすと、正座の形になりました。
「嫌って言ったらどうする?」

私は、漫画の読んでいたページに指を入れていました。
まだ気持には余裕がありました。
兄が今までに私が嫌と言うことをした覚えがなくて、それは私に害になることはするはず
がないとの信頼でした。
「嫌って言わないよ、たぶん」
だぶんて何だろ?
普段でも風呂上がりにまだ裸でうろうろするのが当たり前の私でしたから、いつもは
普通に晒していますし、一緒にお風呂に入ることはなくなりましたが、父親とまだ一緒に 入ることもありますし、怖いテレビの後だと兄に一緒に入ろうと誘ったこともあったと 思います。

この時は結局どうなったんだろ?母親に叱られたてしぶしぶ一人で入って 即効飛び出してしまって・・・・うーん、そこへ父が帰って来たのかな?
またデジャブについて思い巡る瞬間があって、そうだそうだ無邪気にスカートの端を
つまんで、そうすると残りの手で上手くパンツを脱ぐことができなくて・・・

とにかく 兄の言うままに従ってたなーとの結論で、つまりは子供同士と言えども性別という違い がはっきりとあって、興味本位に見せ合うなんてことはどこの男女の兄弟でもありがち では?というところに落ち着きかけて、いや違うぞ、前の時はずりずりと下着を下ろされ、 硬い冷たいフローリングの床に直に寝かされていたなあ、パンツは足首からはぎ取られ そうになって・・・もう片方からは抜けていたかな?

自分の左右の腿の間から兄の顔が見えて、あーこれは昔おしめを替えてもらった時と 同じだ、とか一致して、そうなると、これは私が上、姉の立場だったら全く逆でいいの よね、なんて妙に納得して、いつの間にか恥ずかしい気持ちも消えて、
「どんな感じになってる?」

とこっちから兄に聞いたら、絶句したのは兄のほうだった。
その時には兄のは見せてもらわなかったけれど、構造としてもう水道の蛇口と一緒で、
立っておしっこできる便利には憧れが確かにあった。それだけ。

後日に鏡を使って自分を見た気がするけど、どこからおしっこが出てくるのかさえ 解らず、もうウンチが出ることのすぐ脇じゃん、と、そこに一番驚いて、母親に教わった 拭き方を改めておさらいしただけでした。



 

父と関係

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)16時29分16秒
返信・引用
  父と関係して2週間。
病み上がりで家から出ない母の目をごまかすのが難しく、できるのはほとんど土日の昼間だけ。
それに耐えきれず、来月からは独り暮らしを始めて、父が通ってくる。
父親と不倫みたいな感じ。
でも母と別れてほしいとか母が邪魔とかはなくて、母とは普通に母娘でいたい。
他の男では味わえなかった快感が欲しくて失いたくないだけ。

最初はなりゆきでしてしまったんだけど、その時に頭がおかしくなるほどの快感をもらってしまい、3回めにはやめられない体になってた。
母が退院したらやるのが難しくなるから、父と話し合って、そういう結論になった。
実際頭がおかしくなったのかもしれない。



 

叔父

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)16時27分31秒
返信・引用
  叔父は母の実兄弟にあたります。誰の目から見ても昔からすごく私を溺愛してくれていました。
ただそれは女性としてではなく、もちろん普通に1人の姪としてだったとは思いますが。。
ある意味、叔父が私の事を
「あの人はあんたが一番だから。昔っから一番気に入っているんだよ」
などと
親戚たちや周りからずっと言われつづけられてきた為、洗脳みたいなものがベースにあったともおもいます。

それを裏付けるように私が成人していい大人になった頃ですが、叔父宅へ
いとこ♂が婚約者を連れていった時にうちの母が電話口で何気なく聞いた会話で
母「○○君の彼女はどうだった?可愛かったでしょ?」
叔父『……。(しばし無言だったのかな)…。

わしは… ○○○(私)のが可愛い…』
母(笑いながら)「何言ってるのー(笑)、○○は姪でしょうが~」
叔父『………(おそらく苦笑)』
そのやりとりの話を母から聞いて、本当にあの人は私を好きだったんだと改めて確信しました。

私がそもそも叔父を気になり出した理由は、はっきりとどれなのか記憶があいまいですが、 記憶として印象的に覚えている出来事で言えば小学生の頃、アトピー持ちのあたしの手首を
「○○○、ちょっと腕出せ」
と急に引っ張り、その場所に植えてあったアロエをブチっと切って丁寧にその傷口へ塗ってくれた事ですね。

sexは叔父宅へ単身で泊まった時、夜遅くまで一緒にコタツへ入りテレビを見ていたら叔父が先に寝てしまったので、 部屋の電気を豆球にし、そのまま番組のエンディングまで暗がりの中、1人で見ていました。

そして…
番組が終わりうつらうつらと眠くなり、こたつの居心地の良さもあり私もそのまま姿勢を崩し一緒にコタツで横になりました。
数時間経った頃寝ている足などが自然に触れあって最初はお互いよけていたのですが、何度か繰り返すうちに 眠たさも手伝ってかどちらも避けるそぶりがなくなり、あたし自身はなんだか目が覚めてきてしまい横で 私を置いてすっかり眠っている叔父をなんとなく手の甲側でうっすら相手の上半身のどこかに

「本当に寝ちゃったのかな…?」
と確認しつつサワッとわからない程度に触れていたら急にその手を握られて
それから長い間ずっと私の手をマッサージみたいに握ってくれていたのでそろそろ疲れただろうと思い、

離そうとして自分の胸に手を置こうとしたら一緒に叔父の手もついてきて
『※※※?(何を言ったか聞き取れませんでした)』と言われわけもわからずに
「うん…」
と、返事をしてしまい、祖母が二階で寝ている階下で血の濃い叔父との、あってはならない関係を持ってしまいましたが後悔はしていません。

今でも私の気持ちは変わっていないです。大好きでこの世界で一番愛しい存在です
叔父とは遠距離でもあり、一年程会ってもいません。
今となっては夢物語だったのか?と、日々忘れかけはじめた記憶に切なくもなりますが、 この会っていない一年の間にお見合いや紹介を受けようが、やはり気持ちは頑ななままで何も変わる事はありませんでした。

叔父と関係を持ってからは、私も肉欲に溺れていたと言えるのかもしれません。
滞在中は離したくなくて、毎日しがみついていましたから。
叔父に見合い話や女性の話を親や親戚から耳に入った時ちょうど多感期な頃だったこともあり、頭が真っ白になり諦めとゆうか、思考するのが何もかも嫌になって、
以前から何度か告白してくれていた方と周りの口添えもあり折れた形で付き合いだしました。

が 処女sexだったのにまるで興味はなく、義務感と奉仕の気持ち(とても大事にしてくれていたので)だけでしていました。
その彼氏がいた時も申し訳ないと思いつつも心は叔父にしかなく、心苦しさに耐えきれなくなり結局短期でなかば強引に別れてもらいました。

本当に失礼な事をしてしまったと猛反省しています。。
彼や周りからみても私が違う人を見てるのはあきらかだったようで、交際中は何度か怒られたりもしました。

時間は無駄にはできませんが、叔父の家には独り身の祖母(母や叔父たちの母)もまだいて、
一回朝早く二階から降りてきてしまい叔父の布団にいる所を見られ
「え?え?どうゆうこと??」
と疑われてしまった事もあります。

かろうじてその時は服も来ていたし、テレビが見やすい位置に来ただけ…と2人で取り繕いましたが。
毎晩のようにもつれあっていたので声や雰囲気などで何かを察していたのかもしれません。
それと言うのも、ふいに夜祖母の部屋へ声かけに行こうとしたら少し扉が相手いて
「おばあちゃ…」
と話かけて開けようとしたら、
祖母が寝間着を太ももから付け根あたりまでめくっていて、ジーッと付け根部分をみていました(何かしていたのかも…)

その様子を見て、ひょっとして私達の2人の最中の声をやっぱり聴いていたのかな?と。 滞在途中から叔父へ
「早くあのこを帰せ」
と言っていたようですし。

叔父自身からの話や、親戚の叔母、私自身見ていても、祖母は叔父とあまりそりが合わないらしく、 なにかと私を呼び可愛がる叔父にも、叔父の身の回りの事をしたりする私にも、女性として 嫉妬されているのでは?とも思いました。

最近、叔父は腰が痛いと言っているようです。気にはなりますが、叔父の声を聴いてしまったら また叔父のもとへ飛んで行きたくなります。いま、しばらくはそっとしておくつもりです。

もう祖母も昔のように元気さがなくなってきたので私がでしゃばって余計な事をし、これ以上事を荒立てれないとも感じています。
叔父からも祖母から色々言われたのか、
「わしもしんどい…」
とゆう言葉も聞いてしまいましたし・・・

その一言は私には本当に悲しくて苦しくて切ったあと泣いてしまうほどショックな言葉ではありました。。
それゆえ今は何も自分から接触する事は出来ないのです。それに、、、
叔父のもう1人の兄弟も叔父同様に可愛がってくれる人がおり、叔父とそのもう一人の叔父はあまり仲が良くなく(確執?)、わたしと叔父の事がもし知れてしまったら…と思うととても心苦しいのです。

叔父と祖母の家に滞在したのち、そのもう一人の叔父宅へも泊まりに行ったのですが、そのとき…
「○○○!お前がワシんとこ来てくれたから、ワシは(叔父)の事は許すけん!これまでの事は水に流しちゃる!」

と、私にはワケのわからない事を言ってきました。
私を駅に見送ってくれた後、すぐ叔父から祖母へ珍しく電話をしていたそうです。
「今まで○○○ちゃんが来てくれてたけん、今見送ったとこじゃ~」
と、うちの母(祖母と電話し聞いたらしい)いわく、 叔父は滅多に親兄弟に連絡事でもなければかける人ではなく、珍しくかけてきた叔父のその声はとても明るかったので驚いたとのことでした。

その叔父からも最近珍しく電話をくれるようになり、深夜回ってかけてきたり
出たら
「○○○!よく聞けよ?ワシはお前を愛しとるんじゃ。愛しとるんじゃで!」
とか、
「ワシはお前が姪で本当に良かったと思っちょる…」
と言ったり、、、と、
いづれも酔っ払ってかけてくるので笑って流していますが。。

照れ屋な叔父なりの愛情なんだろうな…とは思ってます。
その叔父には奥さんも成人した子供もいます。敷地内に2軒あるため祖父が亡くなってからは、 家庭内別居状態ではありますが奥さんとは仲は悪くありません。

「sexは別居してから全然してないんじゃ」
とは叔母がなぜか話してくれましたが私から見るに、むしろ夫婦仲は良い方かと思います。


 

けっこうやってましたね・・

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月28日(月)09時01分40秒
返信・引用
  けっこうやってましたね・・・・多い時は週5くらい、今思えばよく妊娠しなかったと思います
「あんた、オナニーするくらいならそのちんちんあたしに使えよなw」とか
あっけらかんと言われたりもしたくらいで・・・
両親が共稼ぎで母の帰宅がいつも決まって18時半過ぎだったので
肉体関係ができてからは2人とも17時前に急いで帰ってきて夕方にすることが多かったです

どっちかが遅かったりしたら夜に「明日は早く帰るから」と、
今考えれば夫婦みたいなことも言い合ったりしてました

それでも我慢できなかった時は深夜にコッソリ声を立てずしてましたね
子供部屋がどっちも2Fだったので、バレるまではなんとかなってた感じでした

一生忘れもしません
2人でフロに入ってて対面座位でつながって思い切り抱擁してた時に、見られました

12月下旬の平日で2人は学校も早く終わり、
誰もいない家のフロでゆっくりと夫婦のように愛しあってました
そうしたら母が知らない間に家に帰って来てて、
いつもは必ず玄関前と風呂場前のドアを開けて入ってたんですが
付き合ってるうちに完全に油断ができて、
寒いからと閉め切ってたせいで外の音に気付かずに・・・

いきなり風呂場のドアを開けられて、母が
「あんたたちなにしてんの!!!!」と・・・・

つながってた身体をあわてて離して勃起した股間を隠しようもなくアタフタして、
姉は姉で何も言わず仏頂面になって、
母は半泣きで言葉にならない言葉で裸のままで怒鳴られたり尋問されました
もう何を言われたか思いだしたくもないけど、
客観的に見れば可笑しいことも言ってた覚えはあります

それで、2人とも「お互いが好きだったから」みたいな主張をするとさらにキレられて・・・・
とにかく父に知れたら大変なことになる、と母は困惑してました

 

栃木実父殺し事件

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月20日(日)20時58分27秒
返信・引用
  栃木実父殺し事件


1968年(昭和43年)10月5日午後10時ごろ、栃木県矢板市の市営住宅で異様な事件が発生した。

「いま、父親を紐で絞め殺したんです」

相沢チヨ(当時29歳)が、日頃から親しくしている雑貨商を訪れて、そう言うと、その場に崩れ落ちた。驚いた雑貨商はすぐに所轄署に通報。チヨはその場で尊属殺人の容疑で緊急逮捕された。殺されたのは、チヨの実の父親で、植木職人の相沢文雄(仮名/52歳)だった。

取り調べで、長年に渡る父親と娘の性関係が明らかになり、世間を驚愕させた。しかも子どもも3人いるという、常識では考えられない事実が浮かび上がってきた。

1953年(昭和28年)のある真夜中、チヨが中学2年の14歳のときのことだった。この頃、相沢家では家族9人が狭い2部屋で寝起きしており、両親が茶の間に寝て、長女のチヨを頭に、妹2人、弟4人の7人の子どもたちが、奥の間に折り重なるようにして寝ていたが、父親の文雄が密かにチヨの寝床に入ってきて、いきなり体を求めた。チヨは驚いて声を出そうとしたが、家族を起こしてしまうと思い、唇を噛んで父親を受け入れてしまった。

一度、性関係ができると、文雄は妻の香代(仮名)の目を盗んでは、チヨの体を求めた。1週間に一度くらいの割合で、夜中になると寝床に入って体をまさぐった。多いときは3日に1回、2日連続ということもあった。チヨは朝、父親の顔を見るのが嫌になり、我慢ができなくなって、関係ができてから約1年後に、母親の香代に訴えた。香代は驚き、子どもたちのいないところで、文雄を問い詰めた。

「実の娘にそんなことをするなんて、あんたはケダモノだよ!」

文雄は狂ったような目つきで包丁を香代に突きつけた。

「ガタガタぬかすと、殺すぞ・・・・・・」

夫は人間が変わったと、香代は思った。香代はチヨと次女で中学2年の良江(仮名)の2人を夫のもとに置き去りにして、他の子供たち5人を連れて、北海道へ逃げてしまった。父親の文雄とチヨと良江の3人で暮らすことになり、チヨは主婦の役割を果たすようになる。やがて、良江が中学を卒業して、東京都荒川区の工場に就職した。それ以降、文雄とチヨは夫婦同然の生活をするようになった。

「父とのセックスで、快感がなかったと言えば、ウソになります」と、チヨはのちに供述している。

1956年(昭和31年)春、チヨが17歳のとき、母親の香代と子どもたちが北海道から戻ってきて、実家の敷地に新しく小さな家を建て、再び家族全員で暮らすようになった。母親の香代は父親の文雄の行動を厳しく監視した。文雄は酒に酔ってはチヨの寝床に入って体を求めたが、その度に香代が止めに入って喧嘩になった。そんなゴタゴタを繰り返しているうちに、チヨは妊娠してしまう。17歳のチヨはどうすればいいのか判断がつかず、ただ父親から逃れたい一心で、田植えの手伝いにきていた男(当時28歳)と黒磯市へ駆け落ちした。

だが、それほど遠い所でもなかったこともあって、居場所が文雄にばれてしまった。

「貴様、勝手なことをするんじゃねえ!」

一緒に駆け落ちした男は文雄に一喝されただけでチヨを手放してしまった。チヨを連れ戻した文雄は、県営住宅を借り、チヨと2人きりで暮らすようになった。古びた平屋建て、3軒長屋の1軒である。チヨはここで長女を出産した。子を産んでから、いっそう、父親から逃れられないと諦めが深くなった。文雄は酒を飲むと狂暴になり、色魔に変身し、精力が尽きることがなかった。

チヨはのちに次のように供述している。

「父は私を全裸にするばかりか、エロ写真のような恥ずかしい体位や、ありとあらゆる方法で性行為を要求し、それも毎晩1回だけでは済まないのです」

この長屋で父親と娘は、事件が起きるまで12年間、一緒に暮らすのである。この間に、チヨは5人の子どもを産み、2人は生後まもなく死亡、長女と次女、三女だけが育った。この他に5回、妊娠中絶をし、6回目のとき、医師に体をこわすと忠告され、不妊手術を受けるように勧められている。これには文雄も賛成した。

1967年(昭和42年)8月、チヨは不妊手術を受けた。

3人の子どもたちは幼稚園から小学校へと進むようになるが、奇妙なのは3人の子どもの戸籍で、民法上、文雄の重婚は認められないし、仮に文雄が香代と離婚したとしても、実の父と娘の婚姻は認められない。だから、子どもの籍はすべて「私生児」扱いになる。父親の欄に文雄と記されているのは、父親が子として認知したことを示している。

1968年(昭和43年)春、29歳になったチヨは印刷会社に就職し、ここで初めて恋をした。相手は7歳も年下の工員の山岸昭男(仮名/当時22歳)だった。

チヨはのちに次のように供述している。

「勤めに出て、普通の女の生活は、こんなに明るく楽しいものか、と思いました。職場の女性が、恋愛だとか、デートだとか、青春だとか、幸せそうに話し合っているのです。でも、そういう職場からいったん家に帰れば、恐ろしい父と、子が待っているのです」

山岸はチヨに子どもがいることを知りながら結婚を申し込んだ。その夜、チヨは父親の文雄に結婚の相談をした。相手が22歳の男であること、子どもたちを母親の香代に預けたいこと、などを伝えると、文雄はカッとなって、焼酎をあおって怒鳴った。

「そんなことをしたら、俺の立場はどうなるんだよ。俺をコケにするつもりか。そいつをぶっ殺してやる!」

チヨは恐ろしくなって、「印刷会社を辞めて、毎日、家にいるから」と言って懸命になだめて、やっと収まった。

チヨは家出を決意し、山岸に電話で、駅に行くからきて、と連絡を取り、衣類を持ち出して親しい近所の家で着替えをした。そこへ父親の文雄がチヨを捜しにやってきた。怒った文雄は衣服から下着まで裂いてしまった。チヨは半裸の状態で泣き叫びながら外へ飛び出し、駅へ向かうバスを追ったが、すでに発車したあとだった。

家に連れ戻されたチヨは、それ以来、一歩も外へ出られなくなった。その後、チヨは山岸の自宅や印刷会社へ電話したが、いつも「いないよ」と呼び出しを断られた。

父親の文雄は仕事もせず朝から焼酎をあおり、チヨを監視するようになった。山岸への嫉妬もあって、52歳になる父親がチヨを求める回数が急激に増えていった。

チヨはのちに次のように供述している。

「一晩に3回、少ないときでも2回、セックスしました。不妊手術以来、私は不感症になってしまい、本当に苦痛でした」

事件当日の10月5日の夜も、父親は酒に酔ってチヨと交わってから布団の中で罵声を浴びせた。

「お前が出ていくのなら、3人の子どもは始末してやる!」

チヨはもうだめだと思った。この父親がいる限り、自由もなにもないと思った。チヨは起き上がると、部屋にあった父親の作業用の紐を持ち出し、父親の首に巻きつけて力まかせに絞めた。文雄はそのまま息絶えた。

この事件はベテランの大貫大八弁護士が、無報酬で弁護を引き受けた。チヨの資力からすれば、普通は国選弁護人がつくところだが、国選弁護人だと、地裁から高裁へ控訴すると弁護士も変わり、さらに最高裁へ上告すると、同じように変わるので、一貫した主張ができないと判断した大貫弁護士は3審とも無報酬という形を取ったのである。

宇都宮地裁で大貫弁護士は熱弁をふるった。

「被告人の女としての人生は、父親の強姦から始まっている。実父によって、子としての人権は踏みにじられ、希望のない毎日を送った。その人生の中で恋をし、本来なら祝福してくれるべき父親が、逆に監禁状態にして、被告の肉体を弄んだ。そういう状況での殺害は、やむを得ない行為である。正当防衛、または、緊急避難と解すべきだ。しかも、被告はそのとき、心神耗弱の状況にあった」

この事件は、殺人罪ではなく傷害致死罪である。尊属殺人、または尊属傷害致死を適用すべきではない、という主張である。

1969年(昭和44年)5月29日、宇都宮地裁の須藤貢裁判長は、大貫弁護人の主張をおおよそ支持した。

「尊属殺人は、法のもとに平等をうたった憲法14条違反で、被告の犯行には、一般の殺人罪を適用し、過剰防衛と認定し、情状を酌量して刑を免除する」

憲法14条・・・すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

過剰防衛とは、この場合、殺さなくても他に難を逃れる手段があったということだが、実質的には無罪判決と同じである。

刑法199条の(一般の)殺人は、「死刑または無期懲役、もしくは3年以上の懲役」と規制されている(現在は2005年1月1日施行の改正刑法により刑法199条は「3年以上」が「5年以上」に改正されている)。205条の傷害致死では「2年以上の有期刑」。これが200条の尊属殺人となると、「死刑または無期懲役」で、205条2項の尊属傷害致死でも「無期懲役または3年以上の懲役」といずれも刑罰は重くなる。

尊属とは、直系尊属のことで、自分や配偶者の、父母、祖父母、曽祖父母のことで、養子縁組をしていれば養い親が直系尊属になる。一般的に、親は子を大事に育て、その親愛関係を裏切って殺すなどというのは言語道断で、罪が重い、というのが刑法200条の基本精神である。

検察側は1審判決を不服として控訴した。

1970年(昭和45年)5月12日、東京高裁の井波七郎裁判長は、「14歳のときから夫婦同然だったとはいえ、被告が殺したのは実の父親である。しかも、泥酔状態だったので、とても正当防衛は認められない」として、1審判決を破棄して、チヨに200条を適用して、懲役7年の刑に処し、酌量減刑で3年6ヶ月を言い渡した。

大貫弁護士はただちに上告したが、その直後にガンを患ってしまい入院を余儀なくされた。その後、40歳の息子の大貫正一弁護士があとを引き継ぐことになった。

ほぼ同時期に尊属殺違憲の上告審が他にも次の2件あった。

(1)「秋田県の姑殺し未遂事件」32歳の嫁が姑との仲が悪く、1966年(昭和41年)8月、弁当のにぎり飯にネコイラズを塗りつけたが、未遂に終わった。1審は殺意がなかったとして無罪。2審は1審を破棄して懲役3年6ヶ月の判決。

(2)「奈良県の養父殺し事件」33歳の女性が酒癖の悪い養父に弄ばれ、働きに出されてくいものにされていた。1970年(昭和45年)3月、耐えられず絞殺。1審で懲役5年。2審で3年6ヶ月の判決。

尊属殺を規定した刑法200条では法定刑の最低刑が無期懲役であるが、実際の量刑では心神耗弱や情状酌量による減刑がなされるが、最大限の減刑が行なわれても、懲役3年6ヶ月にしかならない。栃木の実父殺し事件と秋田県と奈良県の3件の2審判決の量刑は最大限の減刑がなされた3年6ヶ月のケースだった。懲役3年6ヶ月ということになると、執行猶予がつかない。執行猶予がつくのは懲役3年以下だからである。つまり、尊属殺人の場合、どんな事情があろうとも執行猶予つきになることはないのである。

1973年(昭和48年)4月4日、最高裁は、栃木の実父殺しの事件を含めて3件の尊属殺違憲の訴えを一緒に審理した。

最高裁には憲法81条に規定された違憲立法審査権というものがあり、15人の裁判官がそれに基づいて意見を述べた。

憲法81条・・・最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

8人の裁判官は、尊属殺人を普通殺人より重く罰すること自体は違憲とは言えないが、尊属殺人罪の法定刑が、死刑、無期懲役に限定されるのは違憲である、と主張した。

6人の裁判官は、普通殺人と区別して尊属殺人の規定をおくこと自体が違憲である、と主張した。

合憲であると主張した裁判官はたった1人で、尊属殺人の法定刑が極端に重いかどうかは、立法府の判断であって、尊属殺人罪の規定は違法ではない、とした。

石田和外裁判長が、「原判決を破棄する」と言うと、「ほーっ」というどよめきが傍聴席に起こった。

法律の規定を違憲につき無効としたのは、これが初めてであった。

相沢チヨに、懲役2年6ヶ月・執行猶予3年の判決が下りた。すでに身柄を解かれていたチヨは、宇都宮の旅館で働いていた。

「秋田の姑殺し未遂事件」の被告は懲役2年・執行猶予3年に減刑された判決になった。「奈良県の養父殺し事件」の被告は懲役2年6ヶ月に減刑され、和歌山刑務所で服役した。

女子刑務所には、札幌刑務所の女区(札幌市)、福島刑務支所(福島市)、栃木刑務所(栃木市)、笠松刑務所(岐阜県羽島郡笠松町)、和歌山刑務所(和歌山市)、岩国刑務所(山口県岩国市)、麓(ふもと)刑務所(佐賀県鳥栖市)、沖縄刑務所(沖縄県南城市)の女区がある。

法務省(4月4日現在)の調べで、尊属殺人罪で受刑している者は225人で、このうち無期懲役刑71人、有期懲役刑は154人となっている。

4月19日、法務省は刑法の尊属殺人重罰規定(刑法200条)で刑に服している者を個別恩赦で救済することを決め、全国の検察庁、刑務所、拘置所、保護観察所などの関係機関に対し、中央更生保護審査会に該当者を上申するよう指示した。

刑法200条は最高裁での判決後の22年間、そのままで、尊属殺人については第199条の普通の殺人罪が適用されてきた。1995年(平成7年)の刑法の口語文への改正によって200条は削除された。5月12日公布され、6月1日から施行されている。また、このときの改正で、205条2項の尊属傷害致死、218条2項の尊属遺棄、220条2項の尊属逮捕監禁という他の尊属加重規定も、すべて削除されることになった。ちなみに、このとき、40条の聴覚・発声機能障害者の行為に関する規定も削除された。障害者教育の充実によって、身体障害者のなかで聴覚・発声機能障害者だけを特別扱いすることに疑問が投げかけられるようになり、責任能力の一般的な規定を適用することになった。

 

近親姦の実態について

 投稿者:匿名  投稿日:2013年 1月20日(日)17時38分23秒
返信・引用
  近親姦の実態について

警 告

 この文章には、虐待場面などが含まれています。
性的な虐待を受けたことがある人で、いま精神的に非常に不安定な人は、
フラッシュバックが起きてパニックになったり、解離状態が発生して、
読んでいる途中で記憶が飛んでしまうかもしれません。




 実際に起きている近親姦の実態とは、どのようなものなのかと言いますと、どうやら近親姦にはおおざっぱに言って、「虐待」的な要素と、「お気に入り」的な要素の、両極端の二つの要素があるように思います。虐待的な要素というのは、言葉の暴力や、肉体的な暴力などを伴いながら、強制的に行なわれる性行為のことです。もう一方の、お気に入り的な要素というのは、いわゆる「お父さん子」とか言われるような、親子の親密で良好な関係を利用しながら行なわれる性行為のことを言います。この二つの要素は、それぞれが単独で現われるケースもありますが、二つの要素が複雑に入り混じっているようなケースもたくさんあるのです。

 ではまず最初に、虐待的なケースから書いていきましょう。これは、いわば家庭内レイプのようなものなのですが、通常のレイプ事件と違う点は、被害者には逃げ場がないということです。通常のレイプ事件というのは、もちろん被害者にとって非常にショックな出来事であり、精神的にも非常に大きなダメージを被るわけですが、それでも被害者には帰る家がありますし、そこには自分の寝室があり、自分のベッドや布団があるのです。しかし、家庭内で発生するレイプの場合には、どこにも安全な逃げ場がないのです。夜、眠っているときに、父親が勝手に寝室に侵入してきて、脅迫しながら力ずくで強姦したりするのです。そして、通常のレイプと大きく違う点は、被害者は子どもであり、しかも犯人は、自分を育ててくれている実の親なのだということです。つまり、被害者である幼い子どもは、犯人である親と一緒に生活しなければならないのです。まだ幼い子どもは、衣食住のすべてを親に依存しなければなりませんので、このような逃げ場のない状況が、さらに大きなダメージを与えることになるのです。

 さらに、家庭内レイプには、虐待的な行為が含まれてくるのです。たとえば、父親が幼い娘の膣に、むりやりペニスを挿入しようとして、膣口が裂けてしまったケースの写真を見たことがありますが、いったい、この親はなにを考えているのかと言いたくなるようなことが発生したりするのです。虐待的な親たちは、こいう唖然とするような非常識きわまりない行為を、性的な衝動に駆られたままに、平気でやってしまうのです。

 虐待は、このような性交を強要するものばかりではありません。幼い子供に対しては、ペニスをマッサージさせたり、フェラチオを強要したり、精液を飲むように言ったりするのです。もしも、子供が性的なサービスを拒否したりしますと、罵詈雑言を浴びせて、子どもの心をズタズタにしたり、浴室に連れ込んで、頭から小便を浴びせたり、あるいはトイレに連れて行って、泣き叫ぶ子どもの頭を便器の奥へ押し込んで、その上から水を流して溺れそうにさせたりするのです。ほかにも、肛門にアイスピックを挿入して直腸に穴をあけたり、膣や肛門への異物の挿入、さらに殴る蹴るだけではなくて、裸にして縛って部屋に監禁したり、食事を与えないで放置したり、何回も妊娠させて、そのつど子どもに嘘をつかせて堕胎を繰り返させたりするのです。このようにして、虐待的なケースでは、子どもの人間としての人格は完全に無視されてしまい、性的なオモチャのように扱われたりするのです。

 こういうケースでは、親は教育という名のもとに、子供のあら探しをすることがよくあります。そして、子どものやることに難癖をつけて、子どもを罰しようとするのです。そして、そのつど罰として性行為を強要して行くのです。このような親は、あらゆる思考が性行為へと結びついていくのです。このような虐待的な親の特徴としては、言うことがコロコロと変わったりして、非常に気まぐれなところがあったり、あるいは突然、怒りを爆発させたりするようなところがあるようです。怒りが暴走してしまいますと、親は自分でも感情をコントロールすることができなくなってしまい、場合によっては激怒に駆られて、突然子どもの首を絞めたりするようなこともあるのです。そして、このようなケースでは、首を絞めている途中で子どもが静かになってから、はっと我に返ったりするのです。まさに、殺人の一歩手前まで行ってしまうのです。このような、親の衝動的な行動というのは、まったく予測不可能な面があるために、子どもはいつどんなことをされるか分からないままに、常に虐待の不安にさらされることになるのです。

 こういう虐待の被害者というのは、言っておきますが、まだ幼い子どもなのです。たとえ、大人がこのようなひどい扱いを受けたとしても、精神的に大きなダメージを被ることになりますが、まだ幼い子どもたちは、大人以上に大きなダメージを被ることになるのです。普通の家庭の子どもであれば、テレビで「ドラエモン」だとか「サザエさん」だとかいう、平和な家族を描いたマンガなどを見て、無邪気に楽しんだりするのでしょうが、同じ年頃の子供たちの中には、親からフェラチオを要求されたり、むりやり強姦されたり、便器の中に頭を突っ込まれたり、首を絞められて殺されそうになったりしている子供たちがいるのです。「家族」という閉ざされた扉の奥で、このような虐待行為が行なわれているのです。しかし、それでも、子どもたちは生きていかなければならないのです。どんなにひどい家族であっても、子どもたちはそこで生きていかなければならないのです。その環境の中で、なんとかして生きて行く方法を考えなければならないのです。

 そして、その生きて行くための方法のひとつが、「心を凍らせる」ということです。心が何も感じなくなってしまえば、もう苦しむこともないのです。たとえば、手術のときに麻酔をかけて、痛みの感覚を麻痺させてしまうように、子どもは、自分の心を凍らせて、感情を麻痺させてしまうのです。そうすれば、心をズタズタに切り裂かれたとしても、もう何も感じなくなってしまうのです。なにも感じなくなってしまえば、虐待にも堪えることが出来るのです。そして、卑劣な親から強姦されるという、こういう忌まわしい出来事は、すべて忘れてしまえばいいのです。心を凍らせて、何も無かったことにしてしまえばいいのです。そうすれば、もうそのことで苦しむこともなくなるのです。このように、心を凍らせてしまうという行為は、激しいショックによって自分が発狂してしまわないようにするための、ひとつの安全装置として作用するのですが、しかし、後で詳しく書きますが、これが大人になってから、さまざまな心の障害となって現われて来るのです。

 さて、虐待的なケースについて書いてきましたが、これとはまったく正反対の位置にあるのが、いわゆる親の「お気に入り」になるようなケースなのです。この、お気に入りタイプでは、言葉による暴力や、肉体的な暴力はほとんど見られません。なぜかといいますと、親は子どもとの良好な愛情関係をうまく利用しながら、性行為へと誘導するからなのです。子どもは最初は少し抵抗を示すこともありますが、最終的には消極的ながらも、親との性行為を受け入れてしまうのです。あるいは、このような消極的な態度ではなくて、時として子どもの方から積極的に親を誘惑するようなケースもあるのです。このようなお気に入りタイプの子どもというのは、親と性的な関係を持つことによって、家族内でさまざまな特権を獲得していくことになるのです。たとえば、親の愛情を独り占めにすることができますし、自分の欲しいものを優先的に買ってもらったり、親との肉体関係を利用しながら家族内の人間関係を操作したりして、自分が家庭の中で中心的な存在になったりするのです。

 このような、お気に入りになってしまう子どもというのは、親との性行為を楽しんでいるようにも見えますし、親との間に濃厚な恋愛感情があったり、あるいは、まるで夫婦のような状態になったりするのです。しかし、子どもが大人になってから、自分のしてきたことやされてきたことの意味を知って、そのショックから精神的にボロボロになったりすることもあるのです。あるいは、いつまでたっても親との性行為を断ち切ることが出来ずに、自立の問題で苦しむことになるのです。たとえば、自分に恋人が出来たときに、親から妨害されたりして、なかなか親離れをすることが出来なかったりするのです。あるいは、たとえ親との肉体関係を終了させることが出来たとしても、精神的な分離や自立の問題を抱えることになるのです。

 お気に入りタイプでは、なぜ親が性行為へと誘導したのかといいますと、親が自分の子どもを、性的に利用したかったからなのです。親が勝手な都合によって、自分の子どもを利用しているだけなのです。こういう親というのは、子どもの自立の問題だとか、近親姦によって生じる心の問題だとか、そういうことはまったく考えていないのです。親は、性教育だとか、子どもへの愛情表現だとか、いろいろなことを言ったりしますが、それは言い訳にしか過ぎないのです。親は、ただ自分の性的な願望が満たされれば、それでいいのです。そのために、子供をうまく利用するのです。ですから、子どもが大人になって、性行為の意味を理解できるようになると、それに伴って、親が自分の体を利用していただけなんだという事も、理解できるようになるのです。そして、親の裏切り行為を知ったショックから、精神的に苦しむことになるのです。

 たとえ親が、「子どもの方から誘惑してきたんだ」と言ったとしても、大人同士の関係ならばともかく、子どもと大人の間では、このような言い訳は成り立たないでしょう。もし子どもが「あんなヤツ、殺して」と言ったら、子どもに言われるままに人を殺してしまうのでしょうか。善悪の判断をつけなければならないのは大人であり、それを子どもに教える責任が、親にはあるのです。

 こういうお気に入りタイプの近親姦の中には、ときとして歪められてしまった愛情や性欲のままに、親やきょうだいとの関係をいつまでも続けていくケースもありますし、なかには、近親姦の体験が自分にとっては有意義だったと言う人や、近親姦による悪い影響は何もなかったと主張する人たちもいるのです。しかし、こういう人たちの実態というのは、まだほとんど分かっていません。

 このように、近親姦には、虐待を伴う悲惨なものもあれば、親のお気に入りになってしまうものもあるのです。そして、実際にはこのような両極端な二つの要素が、複雑に絡み合っているような、中間的なケースもたくさんあるのです。たとえば、児童相談所などでの事例を見ますと、性交を強要する親に対して嫌悪感を抱いているにもかかわらず、ときには欲しいものを買ってもらったり、あるいは、今までほとんど親と話をしたことがなかったのに、関係を持つようになってからは一緒に食事に行くようになったりして、憎いはずの親に対して愛着を抱いたりすることもあるのです。こういう家族内の人間関係には、正反対の矛盾した感情が非常に複雑に絡みあっていたりするのです。

 このような近親姦の発生状況を見てみますと、赤ん坊の頃からずっと行なわれていることもあれば、子どもが思春期になってから発生することもあります。一回だけで終わることもあれば、何回か繰り返されることもありますし、継続的に長期間続くこともあります。そして、両親がそろっている家庭よりは、片親の家庭の方が発生率は高くなります。

 加害者は父親だけではなくて、母親も重要な役割を果しています。たとえば、夫と娘の近親姦に感づいていながら、見てみぬふりをしていたり、あるいは、夫から見捨てられて離婚になることを恐れる妻が、夫を繋ぎ止めるための材料として、娘を夫に差し出したりするようなこともあるのです。そして、最近外国で取り上げられるようになってきた、女性の加害者の問題があります。調査によりますと、従来から言われているような、夫から強制されて、仕方なく息子や娘と性行為をするようなケースよりも、女性が単独で自発的に性的虐待をするケースの方が、どうやらずっと多いようなのです。そして、このような女性の加害者というのは、どうやら想像以上に多く存在しているようなのです。この問題は、後で詳しく取り上げます。

 両親以外の加害者としては、きょうだい、親戚、知人などがあげられます。近親姦が発生する家族というのは、性的な境界があいまいなために、被害者は、複数の加害者から同時に関係を強要されたりすることがあります。たとえば、父親との近親姦と、兄との近親姦が同時に平行に進行していたりするのです。そして、ときには家族全員が近親姦に加わって、家庭内乱交のような状態になるケースもあるのです。それに、近親姦は異性間だけではなくて、同性間の近親姦も結構たくさん存在するのです。こういう近親姦の組み合わせにつきましては、後でそれぞれ個別に取り上げてみたいと思います。

 さて、このような近親姦を犯してしまう親というのは、どんな親なのでしょうか。一般的なイメージとしては精神異常者を思い浮かべるかもしれませんが、実際にはそうではないのです。たしかに、分裂病による精神的な混乱から近親姦に及んだり、知的障害者が近親姦におよぶようなケースもあります。しかし、これらは全体の一部でしかないのです。大部分は、一見普通の人たちなのです。所得や学歴、社会的な地位などには関係なく、近親姦は発生しているのです。しかし、あえて言えば、加害者には境界例的な要素が多分にあるのではないかと思います。たとえば、加害者に見られる性的な境界のあいまいさや、感情の不安定さ、アルコールなどへの依存傾向などは、境界例に通じるものがあります。それに、近親姦の被害者の症状は、境界例の診断基準にあてはまることも多いですし、世代間連鎖によって、被害者がやがて加害者になってしまうことも多いのです。

 次に、近親姦の問題を分かりにくくさせている、「秘密の共謀」という問題について書いてみたいと思います。前回、近親相姦タブーでも書きましたように、人間は進化の過程で隠れて性行為をするようになりましたので、その実態というのはなかなかつかみにくいのですが、近親姦の問題になりますと、秘密の共謀によって、さらに厳重に隠されてしまうのです。つまり、親が近親姦の事実を隠そうとするだけではなくて、子どもも事実を隠そうとするのです。加害者と被害者が、まるで共謀しているかのようにして、近親姦の事実を隠そうとするのです。

 まず親の方ですが、親としてはタブーを犯しているわけですから、もちろんなにがなんでも近親姦の事実を隠さなければなりません。もし、こんなことが他人に知られてしまったら、大変なことになってしまいます。アメリカですと、すぐに警察や福祉機関が介入しますし、親は逮捕されて刑務所に入れられてしまいます。そして、子どもが施設に保護されたり、親の親権が剥奪されたりして、あっという間に家族がバラバラになってしまうのです。アメリカでは、子どもに接する職業の人に対しては、虐待の事実を知った時には通報しなければならないという、罰則の伴った義務が課せられているのです。さらに、そういう職業の人たちだけではなくて、一般の市民の間にも、子どもへの虐待とか性行為というのは犯罪なんだという認識が、広く行きわたっているのです。ですので、もしも近親姦の事実が知られてしまったら、親は法的な処罰を受けるだけではなくて、仕事や社会的な信用なども一気に失うことになったりするのです。日本でも、不充分な形ではではありますが、警察や児童相談所などが子どもの保護に乗り出しますし、それに、もしもこんなことが近所の人たちに知られたり、あるいは妙な噂を立てられたりしますと、異常者あつかいされたり、変態あつかいされて、もうそこには住んでいられなくなってしまいます。ですので、なにがなんでも隠さなければならないのです。

 隠さなければならないという気持ちは、子どもにもあるのです。その理由のひとつは、親からの脅しです。卑劣な脅しや暴力による口封じが行なわれたり、あるいは親がうまく言いくるめたりするのです。そして、子どもは親からの報復を恐れて、口を開かなくなるのです。それだけではありません、子供自身にしても、親からひどいことをされている惨めな自分、親に性行為をさせられている自分、タブーを犯している自分、そういう自分を知られたくないという気持ちもあるのです。さらに、こんな忌まわしいことは忘れてしまいたい、無かったことにしてしまいたいという気持ちもあるのです。

 みなさんの中には、そんなひどいことをされているなら、なんで近所の人とか、学校の先生とかに訴えないのかと、不思議に思う人がいるかもしれません。これは、ふたたびレイプと比較して考えてみれば、理解が得られるのではないでしょうか。とは言っても、レイプの被害者に対しても、単純に「なぜ警察に訴えないのか」と言う人がいますが、被害者にとっては、これは非常に気の重い事なのです。訴えることによって、忘れてしまいたいような出来事に、裁判になったときに正面から向き合わなければならなくなるのです。さらに、自分自身が周囲の人から「レイプされた人」という偏見の目で見られることにもなるのです。こういうことと戦いながら、犯人を訴えるというのは、勇気と決断を必要とすることなのです。もしも、あなたが男性であれば、同性の人からレイプされた場合を想像してみてください。同性からレイプされた人として、警察で事情聴取を受けたり、裁判を戦ったりする勇気がありますか。

 近親姦の場合では、被害者は大人ではなくて、子どもなのです。大人でも訴えるには辛い思いをしなければならないのに、子供の場合には、なおのこと辛い思いをしなければならないでしょう。それに、子供の場合には、子どもの目の高さで物を見る必要があるのです。訴える相手は、他でもない自分の親なのです。生活のすべてを依存している親を訴えるということは、子どもにとっては恐ろしいことなのです。訴えた後、自分の生活はどうなるのかとか、まだ世間というものを知らない子どもにとっては、不安でいっぱいなのです。ですので、自分を絞め殺そうとした親であっても、それでも食事を与えてくれるますので、訴えるなどという見通しの付かないことをするよりは、今のままで堪えていた方がいいのです。

 さらに、このような秘密の共謀には、周囲の人たちの無理解も関係してくるのです。たとえば、もし被害者たちが訴えてたとしてもそんなことがあるはずがないということで取り合わなかったりすることがあるのです。あるいは、大人が精神療法の治療の過程で、幼いころにあった近親姦の体験を語ったとしても、こういう問題に理解のないセラピストたちが、「それはあなたの空想であって、実際には、そんなことはなかったんだ」などと決めつけてしまって、近親姦の事実が闇に葬られてしまうようなことがよくあるのです。これは、考えてみれば実におかしなことなのです。たとえば、患者が「私は若いころ、シンナーをやっていたことがあります」と言ったとき、「それはあなたの空想にしか過ぎないんだ。実際にはそんなことはなかったんだ」などと言うのでしょうか。あるいは、男の患者が、「実は五年くらい前に、女子トイレの盗撮をしたことがあるんです」と言ったら、これも空想だと決めつけるのでしょうか。

 通常の患者への接し方というのは、患者は本当のことを言っているのだ、ということを前提として話を聞くのではないでしょうか。そして、もしも途中で不自然な点や、矛盾した点が出てきたときに、初めて患者の言っていることを疑うのではないでしょうか。しかし、近親姦の場合には、最初から疑ってかかるのはなぜなのでしょうか。その理由としては、次回に書く予定の「逆転移」の問題もあるのですが、他の大きな要因として、近親姦というものが、まだ一般的には「あり得ること」として理解されていないからではないでしょうか。アメリカでは、多数の虐待の通報の中に、近親姦もたくさん含まれているために、実際にあり得ることなんだと言う社会的な認識が作られているのです。そして、たくさんの親たちが、過去の近親姦を子どもたちから告発されて、裁判で裁かれたりしているのです。

 しかし、最近になってこのような行き過ぎた告発への反動として、「偽りの記憶」という問題が社会的に取り上げられるようなってきました。これは、未熟なセラピストたちが治療の際に、過去に近親姦の事実があったのだという方向へ、患者を誘導してしまうことによって発生している問題なのです。そして、裁判になったときに、近親姦の事実関係を巡って、非常に混乱した状況が生まれているのです。そして、無実を主張する親たちが、子どもの記憶に基づいた証言によって、証拠が乏しいにもかかわらず、有罪の判決を受けているのです。その一方で、「偽りの記憶」を主張する人たちの「科学的な実験」にも、いろいろな問題点がありますので、こういった「記憶」の問題に関しましては、次回に詳しく書くことにします。

 では、日本では近親姦は「あり得ること」として認識されているのでしょうか。たしかに七十年代ころから、女性週刊誌などを中心として、盛んに近親姦の告白記事が取り上げられてきましたが、まだまだ「実際に」あり得ることとしては認められていないようです。やはり、なにかの大きな事件などがあって、警察によって近親姦の事実が立証され、さらにそれをマスコミが大きく取り上げて報道したりするようなことがないと、なかなか一般的に認められたと言う状態にはならないのではないでしょうか。

 しかし、日本でも、今から二十年ほど前になりますが、近親姦が絡んでいるのではないかと思われる、非常にセンセーショナルな殺人事件が起きているのです。川崎市に住む、予備校生の一柳展也が、金属バットを使って両親を惨殺したという事件です。当時、この事件は、過酷な受験戦争の影響による殺人事件として、マスコミで大きく報道されたのですが、ジャーナリストたちが取材をしていくに従って、不可解な点が次々と出てくるのです。もちろん警察は公式にはそんなことは一言も言っていないのですが、ここに「近親相姦」というキーワードを当てはめてみますと、たくさんの不可解な点が、すべて理解できてしまうのです。

 たとえば、検視官が意味ありげなことを漏らしていたり、殺し方に異常とも言えるほどの残虐さがあったり、あるいは警察の内部情報として、母子相姦の事実が分かって、これを公表するかどうかで非常にもめたという話があったり、その他にも事件に至るまでの家族の動向に、いろいろな不可解な点があったりするのです。そして、このような謎を解くキーワードとして、母親と息子の間に「近親相姦」があったのだという説が、浮上して来たのです。この近親相姦説は、一部のワイドショーでも取り上げられられたこともあるのですが、しかし、警察が公式的に否定している以上は、この説はあくまでも推測でしかないと言うことになってしまうのです。

 日本では、最近、子供への虐待が注目されるようになってきて、マスコミでも大きく取り上げられるようになってきました。ですので、いずれは近親姦による虐待や事件なども、大きく報道されるようになるのではないかと思います。そして、将来的には、近親姦という虐待も、身近に「あり得る」犯罪として、認識されるようになっていくのではないかと思います。

 次回は、近親姦による精神的な影響や、症状などについて書こうと思ったのですが、その前にどうしても避けることの出来ない、近親姦をめぐる専門家たちの混乱した状況について取り上げたいと思います。フロイトをめぐる誤解。未熟なセラピストや、アダルト・チルドレン系のセラピストたちが催眠術を乱用する問題。そして、偽りの記憶を主張する人たちが行なっている実験の欠陥。精神分析系のセラピストたちの困った問題点、などについて書いてみたいと思います。




 

酔った姉

 投稿者:太郎  投稿日:2013年 1月20日(日)11時42分52秒
返信・引用
  故か知らないがめっちゃ酔っていた。
こりゃ男に振られたかな?と思って布団敷いてあげたり、お疲れ様とかお世辞言いながらうるさいので早く寝かしちまおう!と思ったんだ。

お互い一人暮らしで、今姉貴は25。ひょうきんで友達結構いるし、自分の姉ながらもてそうな顔って言うか、男好きしそうな顔立ち。いつもはあんまり会わないし、共通の話題とか親類話しかないので、話があんまり盛り上がらない間柄です。

そんな姉貴が突然玄関ガンガン叩いてベロベロ状態。
姉貴には布団敷いてやって俺のジャージとか貸してやったんだけど胸とか酔ってるから全然隠さない。
「ね~ちゃん向こうで着替えろよ!」と言っても
「減るもんじゃない」
とか言ってくる。

TV見てる俺の前に立ちふさがって
「ほ~ら!胸だぞ!おっぱいだぞ~」
とかふざけてる。
頭着たので
「どけって!」
と手を出したところがタイミング悪く、した屈みになってるねぇちゃんの胸を横っ面張り倒すみたいな感じに手が当たってしまった。

「いた!」
そりゃ痛いだろう、そんなにデカいんじゃ。二歳年上の姉貴は中学校でも巨乳が噂になって弟の俺に
「お前の姉貴サイズいくつ?」
とか
「ブラ盗んで来い!」
とか良く言われたの思い出した。

とっさに
「ごめん」
とは言ったが、姉ちゃん酔いも手伝って激怒。
「いったいなぁ!くそタロウ!(俺の名前)」
「お前がいけないんだろ!そんなとこ突っ立ってるから!」
「っさい!ませガキ!」って言うか俺だって23なのに・・・

「もう、帰れよ!帰れ帰れ!邪魔なんだよ!」
「っせーな!胸触ったくせに!」だから、ワザとじゃ・・・
ふくれっ面してシャワー浴びにいく姉貴。

出てきて言い合いしても埒明かないので
「もう寝てくれ」
とお願いしてみる。するとねえちゃん近寄ってきて
「寒い部屋」
とか言ってソファの隣に座る。
「寒くないのタロウ?」
寒くない、暖房&ホットカーペットでヌクヌクだぞ
「早く寝ろよ!」
と言いかけた瞬間、ねえちゃんいきなりキス。
???

「何してんだよねえちゃん!」
「いいじゃん、いいじゃん、酔ってんだし~」
俺酔ってねぇし・・・
俺が着てるジャージの中に手を入れてくる、ツメてぇよ~最初ちんこギンギンじゃなかったんだがムクムクおっ立っちゃって、ジャージ越しにも解るテント張り
「みっ~っけ!」
何笑ってんだか

ジャージの上からがんがんしごいてくるやべぇ、姉貴なのにきもちいでも
「姉ちゃん、ちょいまって!ちょっと!」
全然攻撃緩めない姉ちゃん。

「ってか、ねえちゃんまずくない?」
「入れなきゃいいじゃん!」
「そういう問題じゃないだろう!」
「大丈夫だって!安全日だし!」
入れるつもり?
「ほら、ガンバ!」
アホかお前!

流石にジャージ越しでのしごきはこすれて痛い。痛いので腰が引けちゃう。すると姉ちゃん、
「じゃぁ直にいくよ」
といいジャージの中にてを入れてあっけなく引っ張り出される。
流石に姉貴に勃起ちんこ見られるのは恥ずかしい
「おぉ!」
ねえちゃんしばらく観察してたけどまちきれない!って態度でいきなりフェラ。

姉ながら、すげー上手いと関心してしまったってか、彼氏に相当仕込まれたろ?
こっちの手ががら空きというか何も仕事してないのをねえちゃんは不満そうに言う。
「両手空いてますけどぉ!」
えっ?何しろって言うの?

ソファで座ってるオレ、その股間に顔を埋めてる姉。
で両手はオレ何も仕事してない。
「ねえちゃん、やっぱ触れねぇよ」
すると、姉貴の右手がオレの左手を掴んで胸へ持ってゆくジャージ越しだけど、すげーやわらか。
モミモミ真剣なモミモミじゃなくモミモミ咥えながら
「やるきな~い!」
あったりめぇじゃんよ!

自分で上ジャージの前ジッパーを下げる。下何も着てないの?モロにブラジャ屈んでるからデカさ強調!
恐る恐るモミモミ、胸の頂点が一段と強調されてくる乳首をブラの上から優しく撫でる。咥えながら
「んっ」
とか
「ふぅ」
とか言う姉貴。

起用に左手で下ジャージ脱いでる。おぃおぃTバックかよ!尻の丸みが上から見てもやらしい。
「タロウ、ここ舐めてよ」
えっ?オレが?
69のかっこになる。Tバックのまむこの部分はもう濡れてて透けてる、肉ひだとかがうっすら見える。

指でずらしてねえちゃんのを始めて見る。グロイ・・・あんたやりすぎだろ!彼女のはもっとこうなんて言うか収まってるって感じ、ねえちゃんのは解放されちゃってるって感じ。
ココで分かれ道。

もうココまで来たら仕方が無いよな・・・考え中。姉貴きっと酔ってるから明日忘れるよな・・・考え中。フェラでいって早めに終わらせちゃおう・・・考え中。でも、ねえちゃんの中きもちいのかな?・・・考え中。

なんか変なにおいしたらイヤだな・・・考え中
胸でかいよなぁ~乳首も見てみたいなぁ・・・考え中。
お袋親父見たら二人ともタコ殴りだろうなぁ・・・考え中。
でも、最近セクスしてないしなぁ・・・考え中。
しかし、相手が姉貴じゃまずいだろう・・・考え中。
でも、しかし、でも、しかし、でも、しかし・・・

スイッチ切換完了。
一心不乱にねえちゃんのまむこに舌を入れてみる突然の俺の行動に一瞬身体がビクっと動く。クリ中心にすったりなめたり、よかった、味も臭いも気にならない。
左手で尻の穴周辺、右手で胸をしたからもみあげる。
「ちょっと!タロウ、激しすぎ!」
クレームつくがおかまいなし、だってスイッチもとに戻らないし。

フェラの動きが止まる、握ったまま動かさない。右手は胸から離れて、まむこに指入れてる。ヌルヌル、グチョグチョで中は煮えたぎっていた。しりの穴にも人差し指第一間接まで軽く挿入。
舌はクリ周辺を嘗め回す。自分の右手が邪魔で吸えない。
「あっ、あっ」
とリズミカルな声になってる

「ちょ・・・・あっ!タロウ、ちょっと・・・あぁ!いっちゃう!」
ぎゅぅっと指を締め付けてねえちゃん昇天。膣が小刻みに痙攣してピクピクしていた。咥えたまま横向きに俺のふともも一休みしてる。

一分ぐらいして
「タロウ!やらしすぎ!」
「はい!終了!寝ますよ~」
そういう俺の方を向き直って両手で押さえるとちむぽの上に腰をあてがい、一気に騎乗位。するぅりと挿入。ぶちゅって音がするのがやらしい。

暖かくてヌルヌルした感じが気持ちいい!
「ねえちゃん、入れないって言ってなかった?」
「あ~そうだっけ?普通ココまで来たら入れなきゃって感じじゃない?」
いいえ・・・
俺の腕を持ちながらすげーグラインド、くねくね腰が動くのと同時に胸が上下左右にゆらりゆらり。疲れたのかねえちゃん前に下りてくる。
顔と顔が近いのはやっぱり恥ずかしい。

胸が俺の胸に触る、マシュマロ!
「タロウ?」
「ん?」
「キスしていい?」
ノー!オッケー!言う前に激烈なキス。
やばい、今のキスの刺激と、胸と胸がこすれる刺激でちむぽ限界近い。

「ねえちゃん!もうダメ!」
「ふ~ん、タロウ意外と早いね」
「離れろって!まじで!」
「やだよ~ん、もすこしガンバ!」
大阪・・・スマソ

腰だけ異常に動く姉貴、どういう間接してんだろう?
胸は俺の胸にくっつけて、顔は目の前なのに腰だけ器用に動いてる。
「あぁ、きもちいよタロウ、すっごいいい!」
「だから離れろって、ねえちゃん、マジやばい!」
で、ほんと限界MAX。

「あぁ!ねえちゃん!出ちゃうよ!」
小さい声で
「来て」
と耳元でささやく。
俺の腰がガクガク震えて姉貴の中にドピュドピュ飛び散ってるのがわかるその間も姉貴の腰は小刻みに動き続けてる。
いった後、しばらくそのままで姉貴がバイクから降りるようにソファから離れる。ドローリがポタポタ・・・

「タロウ、オフロはいろっか?」
「そうだな、すぐいくから先行ってお湯出しといて」
フロでパイズリをリクエストし、ゴシゴシ。ぷにゅぷにゅで詳細は省きますが、薄くなった精液を顔で受けてもらいました。

ねえちゃんはやらしい!やらしい!の連発言ってたけど自分もまんざらでもなかったみたい。シングルベッドで二人で寝ますか・・・zzz

翌日。
昼頃起きると、ねえちゃんはもう居ませんでした。
テーブルの上の手紙
「タロウが先週の土曜日に京子ちゃん(彼女)とラブラブして歩いてるのを後から見ました、ちょっと嫉妬しちゃった。(テヘッ。大事な弟を取られた気がしてね~(泣 おねえちゃんのわがまま聞いてくれてありがと!またね~ぐふふ♪」
PS:最近あんまり話してないから月に一回ぐらいは飲もうな!Hは・・・??

あれから1週間経ち平和な暮らしが続いています。
昨日、姉からメールがあり今週の金曜の夜に姉が来るそうです、
又、巨乳をモミモミ出来ると喜んでいます。

 

初射精

 投稿者:まさお  投稿日:2013年 1月19日(土)18時03分30秒
返信・引用
  僕は25才のサラリーマンです。
大手の建設機械の営業をやっています。大学を出てから3年。仕事もそこそこ分かるようになりそれなりに充実した生活をしています。今は会社の独身寮で暮らしています。

今でも時々思い出すことがあります。
それは遠い昔、僕が中学1年の時の話です。
当時、父親は単身赴任で大阪にいました。

普段はジャージとかのラフな格好の母親が、珍しくジーパンを履いていました。
お尻の形がはっきり出ていて、女性への免疫の無かった僕は少しムラムラしていました
で、僕が昼寝していて、起きたら、僕にお尻を向ける形で母親が電話していました

寝起きでぼーっとしてたのも相まって、チンコが急激に勃起してきてビックリした(これまでも、 軽く勃起することはあったが、ギンギンになるのは初めてだった)。
それで、母親の豊かなお尻を見ながら、本能的に?ズボンの上からチンコを撫でていると、だんだん背筋がゾクゾクとしてきて、お腹の奥から何かが込み上げてくる感じがしました。

そしたら次にチンコから何かが出てくる感じがして、てっきりオシッコか何かと思った僕はトイレに急ごうと したのと同時に、半ズボンの中で思いっきり射精をしてしまった。
出た量はかなり多く、何度もパンツの中でドク、ドクっと精子が溢れてきて、僕が初めての快感で立ち上がる事も出来なかった。
膝立ちで呆然としていると、電話を終えた母親が振り返って僕の方を見て

「どうかしたの?」
と聞いてきた。僕は
「なんでも無い」
と答えたが、次第にズボンに精液が滲みでて来て、 僕に何が起こったのかバレてしまった。すると母親は
「おちんちんから何か出たの?」
と聞きながら、 僕のズボンを脱がそうとしてきた。僕は慌てて止めようとしたが
「いいから」
と言われ、一気に脱がされてしまった。

チンコには白い精液がべっとりとついてて、チンコもまだ大きくなったままだった。
それを見た母親が
「これが精子って言って、これを女の子のここに入れると赤ちゃん出来るんだよ」
と言って、自分の股間の部分を指さした。僕も精子という言葉は知っていたので
「これが精子か・・・」
と妙に関心してしまった。

母親が
「とりあえず洗おうか」
と行って僕を風呂場に連れていった。
風呂場に行くと服を全部脱がされ、シャワーでチンコを洗われた。するとシャワーの刺激でチンコがまたギンギンになって来てしまった。

それを見た母親が
「出そうなら出してもいいんだよ」
と言って、手でチンコを持って上下にしごいてきた。
すると一気に先ほどの感覚が襲ってきて、亀頭がぷっくりと膨らんできた、そして母親が
「ほら我慢しないで」
と言ったのとほぼ同時に、ドピュ、ドピュと思いっきり射精して、精液が洗っていた母親の顔に かかってしまった。
すると母親は
「あぁ気にしないでいいよ」
と言って、シャワーの水で顔を洗いだした。

その夜、寝ているとネグリジェ姿の母がフトンに入ってきました。
僕は驚きましたが
「まさおも大人になったんだね。今日はいいことを教えてあげる」
と母が囁き僕のペニスに触っていました。

男女のSEXのことは悪友からエロ本を貸してもらって見ていたので知っていました。
「お父さんには内緒だよ」
と母は笑いながら僕のペニスにむしゃぶりついてきたのです。

柔らかくて暖かい感触が心地良かった。
2~3分もすると我慢ができず母の口の中に射精しました。
母は綺麗に飲み込んでくれました。

射精してもビンビンのままのペニスを誘導してオマンコに入れました。
ヌルヌルで暖かく気持ちが最高に良かったです。
その晩は明け方まで6回くらい母の膣に射精したのです。

そんな男と女の関係が父が単身赴任から帰って来るまで続いたのです。
その後、僕は東京の大学に進み下宿生活をしたので母との関係はありませんでした。
時々、実家に帰ることがありますが、もう母とSEXすることはありません。
遠い昔の思い出です。




 

息子

 投稿者:裕美  投稿日:2012年10月 3日(水)21時52分21秒
返信・引用
  私は42歳の主婦、名前は仮名で裕美としておきます。
若い頃、会社の先輩や友だちから「木綿のハンカチーフ」の太田裕美さんにそっくりだと言われ、それ以来飲み会のカラオケでは太田裕美さんの歌ばかり歌っています。

現在夫とは別居中で夫との間に生まれた大学生の息子・大輔と二人で生活しています。
夫は仕事と出世のことだけしか頭にない人です。
大輔が小さいときも、夜はマージャンや接待で深夜まで帰ってこない、休みの日まで接待ゴルフなどでほとんど家にいない、幼稚園や小学校の時の運動会も来たことも無い、夜中に帰宅して酔ったまま私を無理矢理犯すように抱く、本当に酷い父親であり夫でした。

若い頃はそのたびに夫婦喧嘩になりましたが
「商業高校しか出ていない俺が家族のために出世するには我慢して付き合うしかないんだ、それがなぜ解からないんだ」
と怒鳴って私に暴力を振るいました。
そんなこともあってか私たちの夫婦仲は完全に冷えてしまい、夫は念願かなってちょっとは偉くなったようですが、転勤する際大輔が高校受験であることを理由に単身赴任しました。

私も一人になって離婚や大輔の将来のことも含めていろいろと考えたいと思っていたので、取り敢えず戸籍上夫婦のままで距離を置くことを決めました。
そのくせ夫と来たら、今でも2~3ヶ月に一度くらい何の知らせも無しに帰ってくると夜中に酔っ払って私の寝室に入ってきて、拒否しようとする私を力ずくでレイプするように自分の性欲だけを発散させて
「俺の留守中に不貞でも働かれたら世間体が悪いからな」
と捨て台詞を吐いていきます。

夫が帰ってくるのは毎回金曜日の深夜です。
どこで飲んだくれて来るのか知りたくもありませんが、夜中の1時を過ぎた頃に酔っ払ってタクシーで帰ってきます。
私は昼間パート事務員として働いていますので、いくら土曜日が休日だからと言ってもそんな時間までロクでもない夫のために起きて待っていることはありません。

そもそも何の連絡もよこさずに帰ってくるのですから待ちようもありません。
ただ困った事に、酔っ払っているものですから大きな音を立てながらドアの開け閉めをしたりお風呂に入ったりしたあと私の寝ている部屋に乱入して来ます。

私はこんな騒ぎを大輔に聞かせたくないから毎回体を硬くして無言で拒もうとするのですが、夫は私が言うことを聞かないと大声を出して暴力を振るうので泣く泣く許してしまいます。

しかし大輔も20才の大学生ですから夫が帰ってきたときのことはだいたいわかっているようで、翌朝夫が起きると物凄い剣幕で夫のことを追い出そうとします。
夫も若い大輔に力ではかなわないと思うのか、昨年頃からは大輔に凄まれるとそそくさと帰るようになりました。

大輔は乱暴なところがありますが私にはとても優しい子です。
高校生の頃はせっかく入った進学校の校風が肌に合わず、同じような不良友だちと集まっては喧嘩、飲酒、タバコ、私が仕事に出ている間に学校をサボって女の子を連れ込んだりと、一通りのやんちゃをやって私をずいぶん心配させました。

その頃は凄く反抗的で、私を
「クソばばぁ」
とか
「テメー」
と呼んで全然言うことを聞きませんでした。

そんな大輔も高3になると急に落ち着いて真面目に受験勉強し始めて、2流私大ですが浪人しないで入ることができました。
本人は
「高校の時に一生分遊んだし、親不孝したから」
と言って、大学の授業とアルバイト以外はあまり外出もせずに家のことをやってくれています。

週末には
「気晴らしに行こう」
と言って私をバイクの後に乗せて遠くまで連れ出してくれます。
私は大輔の大きな背中にしがみつきながら、まるで彼氏とデートしているような気分で出かけました。

一緒に出かけることが増えると
「お母さん、もっと若く見える服を着てよ」
と大輔に言われて洋服の選び方まで変わってしまいました。
そして洋服の次はヘアスタイル、その次は化粧と、まるで私を自分好みの女に変えていくようにあれこれ言う大輔、私も恋人の言葉に従うような気持ちで大輔の言う通りに自分を変えていきました。

私の変化は職場の人たちにもわかったようで
「どうしたの?急にきれいに若返っちゃって」
と冷やかされましたが、私も悪い気はしませんでした。
でも、今考えれば私は知らず知らずのうちに大輔に恋をしてしまっていたようです。
そして、私たちが今のような関係になってしまうことの前兆だったのです。

それは今年の3月、お正月に帰ってきた夫がそろそろ帰ってくるタイミングの金曜日の夜のことでした。
私はとても憂鬱な気分で
「金曜日って嫌い、そろそろ帰って来るんじゃないのかと思うとお母さん気が重くなる・・」
と大輔を相手に愚痴るように言いました。

「お母さん、そんなに心配だったら今夜は俺の部屋で寝なよ」
私の愚痴を聞いた大輔は優しく言ってくれました。
私は本当に嫌で嫌で仕方なかったので大輔の言葉がとても嬉しくて、素直に甘える事にしました。

お風呂に入りパジャマに着替えて大輔の部屋に入ったのが11時過ぎ、大輔もお風呂に入ったあとパジャマ代わりのスエットに着替えて部屋に戻ってきました。
私は大輔よりも先に寝てしまうのは申し訳ないと思ってベッドに座っていました。

大輔は
「なんだよ、俺に遠慮しないで横になってれば良いのに」
と笑いながら私の隣に座りました。
「ありがとう、お母さんとっても心強いわ」
「大丈夫、今夜は俺がお母さんを守ってあげるから心配しないで」
そう言って優しく笑いました。

私は凄く嬉しくなって思わず大輔に抱きついてしまいましたが、大輔もそんな私のみを庇うようにそっと抱きしめてくれました。
「お母さん、風邪ひいちゃうから布団に入ろう」
大輔は布団をめくって私を壁際にして並ぶように横になると布団をかけてくれました。

10数年ぶりに一つの布団に親子で入りましたが今の大輔はもう20才の若者、シングルベッドなので体をぴったりくっ付けていると、何だかドキドキしてしまいます。
二人はいろいろな話をしながら夫が帰ってくるであろう時間が過ぎていくのを待っていました。

「もう1時半を過ぎか。もう今夜は帰ってこないみたいだね」
大輔が時計を見ながら言いました。
「あ、本当だ、良かった」
私は時計を見てほっとして、体の力を抜きました。

「大輔、ありがとう。窮屈だったでしょう?もう大丈夫だから自分の布団に行くね」
私がお礼を言って体を起こそうとした時でした。
「大母さん、今夜はここにいてよ」
大輔に抱きしめられました。
そして私を抱きしめながら
「もう親父なんかとは別れなよ。お母さんは俺だけのもの。あんな親父なんかに渡せない」

そう言って私をぎゅっと抱きしめて離そうとしません。
私は大輔の胸に顔を埋めながらこれから起こるかもしれないことを想像して熱くなりました。

いけない母親です。本来ならば大輔を突き飛ばしてでも止めさせなければいけないのに、私はそれが出来ないばかりか大輔の胸の中で心を震わせてしまったのです。
「お母さん、俺の方を見て」
大輔の言葉に恐る恐る顔を上げると目の前に大輔の顔が迫ってきて私の額に唇が触れました。

これだけで私の心臓は鼓動がどんどん速くなり、もう張り裂けそうになりました。
大輔は額から唇を離すと、私の顔を優しく引き上げて唇に、そして軽いキスから始まりそれが徐々に長く濃厚なキスに変わって行きます。

多分3度目くらいだったと思いますが、私からも大輔の唇を迎えに行きました。
唇を強く押し付け舌と舌を絡めあい、お互いの歯と歯が当るような激しいキスを交わしているうちに、私は母親から一人の女に変わって行きました。

大輔はキスを交わしながら私のパジャマのボタンを外して乳房を触り始めました。私は胸を突き出すようにして大輔に応えました。
長く激しいキスが終わると大輔は私の体を起こしてパジャマと下着を脱がせ、時分も全裸になりました。

そして再び縺れ合うようになりながらベッドに倒れこむと、大輔は私の上に重なるようにして私の体を愛し始めました。
母親と息子、本当ならば絶対に許されるはずの無い行為ですが、大輔の行為には夫には無い愛を感じてしまい乳首を吸われ首筋やうなじを舐め回されると、夫とのセックスでは出し事も無いような声が自然に出てしまいました。

大輔は乳首を吸いながら下半身に手を伸ばして私のアソコをそっと触りました。
そしてアソコの状態を確かめるように指を動かしたあと、乳首から離れてお腹のあたりにキスをしながら私の上を滑るように体を下にずらしていきました。

次の瞬間、大輔の手が私の両太腿を優しく掴んで左右に開くと私のアソコに軽い口付けをしました。
「あっ・・」
口付けのあと、大輔は私のアソコにキスしたり舐めたりし始めました。

今まで夫からでさえあまりこんな事をしてもらっていなかった私はこの快感に耐えることができませんでした。そして何年ぶりでしょうか、【イク】という感覚に教われました。

私は21の若さで夫と結婚しました。今で言う【デキ婚】です。ですから男性経験は夫の他に一人しかいません。
初めての人は同い年の男の子でしたが痛かっただけで、その後何度か求めに応じましたが気持ち良いと思ったことは一度も無く、その次は夫ですが最初に書いた通りの人ですから私のことなどお構い無しのセックスばかり。

結婚して20年を過ぎていると言うのに、ほんの数回、それも新婚当初しか【イク】を経験していませんでした。
それなのに、この夜はまだ挿入もしていないのに大輔がしてくれた事で何度もイキました。

「私も大輔にしてあげたい」
普段は夫に無理矢理させられている事なのに、この夜は私から大輔の体を愛したくてたまらない気持ちになりました。
私は意気絶え絶えになりながらも私のアソコを無心に愛している大輔を制すると
「今度はお母さんがしてあげる番だから」
と言って仰向けになるように言いました。

そして夫に命令されて嫌嫌してきたような事を、この夜は自分から進んで大輔にしてあげました。
一緒にお風呂に入っていた頃以来10数年ぶりに見る大輔のペニス、それは夫のくたびれたものなんか問題にならないほどの立派なものです。

そっと触ってみると、それは硬く熱く力強く脈を打っていました。
私はそれをお口に入れました。
「まさか自分の生んだ息子のペニスを」
それは戸惑いであり感動でもありましたが、何よりも大輔の事をいっぱい愛してあげたいと言う強い気持ちがさせたことでした。

夫にああしろこうしろと言われながらさせられている時にはそれが嫌で嫌で吐き気を催しそうになりながらしていましたが、大輔に対してはまったく違い、むしろどうしてあげれば大輔が気持ち良く感じてくれるのか、そんなふうに思いながらしました。

「お母さん・・・」

大輔は私の顔を優しく引き上げるようにしてお口からぺニスを抜きました。
そして体を起こして私を抱きしめながら正常位の姿勢になるように体を入れ替えました。
私が全身の力を抜いて目をつぶると大輔が私の両脚の間に体を挟ませるように重なってきました。


「あぁ、大輔が私の中に帰ってくるんだ」


私はそんな気持ちで大輔を迎え入れようとしました。
「お母さんは俺だけのもの・・・それで良いんだよね」
私は返事をする代わりに大輔の背中に手を回して強く抱きしめました。
そして
「あぁぁ・・・」
大輔が私の中に帰ってきてくれた瞬間でした。


私の体に体重がかからないように気遣いながら緩やかに腰を動かす大輔、私は逆に大輔の重さを感じたくて、下からしがみつくように引き寄せました。
上手下手とかではなく大輔のセックスには私への愛がたくさん込められている、挿入しながら私を愛しむようにキスしてくれたり体を撫でてくれたり・・・恥ずかしい話、私は男の人にこんなことをしてもらうのは初めて、それは夫とのセックスでは感じたことの無い快感であり感動です。

大輔は時々動きを止めて私の顔を優しく抑えながら
「お母さんは俺だけのもの・・もう離さない」
などと言ってキスをしてくれました。
私を心から愛してくれている男の人とのセックスってこんなにすばらしいものだったんですね。

本当のセックスとは愛し合っているもの同士がお互いのすべてを見せ合い許しあうことだと言うことを自分の生んだ息子に教えられるなんてほんの数時間前までは想像もしていませんでした。


私は大輔に抱かれて何度も【イク】まで達しました。


大輔は外に射精しようとしましたが、私は大輔の全てを受け止めたくて脚で大輔のお尻を抑え付けるようにしてペニスを抜かせませんでした。
そして大輔の射精を子宮で感じながら、私もまた【イク】ことができました。

私たちはそれ以来親子ではなく同棲中の恋人同士ようです。
お互いの呼び方こそ
「お母さん」
「大輔」
ですが、もう親子と言う意識葉お互いにありません。

私は大輔の希望通り、もちろん私の希望でもありますが夫に離婚届を送りました。
夫からはまだ返事がありませんが、もう夫の顔を見るのも言葉を交わすのも嫌です。
それに・・まだはっきりわかりませんが2ヶ月ほどメンスが無いのでもしかしたら大輔の赤ちゃんを妊娠したかもしれません。

まさかこの歳で子供ができるなんて全然考えていなかったけど、もし妊娠していたら絶対に生みます。
大輔にも話しましたがすごく喜んでくれました。
私を本当に幸せにしてくれるのが実の息子だなんて、私は世界一幸せな母親と言うことなのでしょうか。

 

母と僕

 投稿者:和夫  投稿日:2012年10月 3日(水)21時50分13秒
返信・引用
  僕は19歳の専門学校生です。理容師を目指して毎日頑張っています。
僕の家族は理容師をしている母48才、兄26才、姉24才、僕19才の4人家族です。
父は5年前に若い浮気相手と結婚すると言って出て行きました。母は家とかなりの慰謝料をもらって、せいせいしたなんて言っていましたが、兄に続いて姉も結婚してこの家は僕と母の2人きりになってしまいました。

2ヶ月ほど前の日曜日に姉の結婚式がありました。
結婚式、披露宴を終えて2人で家に帰って着替えていると
「母さん ちょっと疲れたから横になるわね、夕飯少し遅くなるけど待っててくれる?」と言って隣の部屋のベッドに入ってしまいました。僕も少し疲れていたみたいでソファーでボーっとテレビを見ていたら、暫くして母が

「うっ・・・うっ・・・」

と言う声を上げているのでどうしたんだろうと思い
「母さんどうしたの? どこか痛いの?」
声をかけ布団をめくってみると母は泣いていました、抱き起こして
「何で なんで母さん泣いてんだよ 僕、母さんが泣くような事何か言ったかなあ?」

「ううん、カズちゃんのせいじゃないわ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは結婚して家から出て行っちゃったでしょ。その内にあなたも結婚したら出て行っちゃうのかなあ・・・そうなると母さん寂しくてたまんない。なんて考えてたら泣けてきちゃったの」

「そうかあ、そりゃ心配だよね。でも安心して 僕は結婚しても母さんと一緒に暮らすよ、母さんを1人にはしない。実は兄ちゃんからも頼まれてるんだ。
「本当は僕が母さんの面倒を見なくちゃいかんのだけど、ちょっと無理そうだからお前に頼むよ。お金の面で何とか面倒見させてもらうからって」

「本当に? 一緒にいてくれるの 嬉しい!」

と言って僕に抱きついてきました、僕も思わずギュッと抱き返しました。
「本当さ 母さんが死ぬまで一緒だよ」
「一人前の理容師になってこの家を守っていくからね」
本当、母さん嬉しいわ」

まるで恋人同士みたいでした。母の頬が僕の頬にすりつけられてすごくいい匂いがしてきました。
思わず母のうなじにキスしてしまいました、母の体がビクッとしたようですが、僕はそのまま唇を頬から母の唇にまでずらしていきました。本格的なキスになるようにしてしまっていました。


しかし、母の唇は固く閉じられていました。僕は舌を突き出してこじ開けるようにしているといきなり吸い付いてくれました、その後はお互いにむしゃぶり付くような激しいキスになり唾を交換して飲みあいました。

長い?時間そうしていると母も僕もお互いの体をまさぐりあいになっていってHモード全開です。僕の胸には母の巨乳がこすりつけられて凄く気持ち良かったです。
僕の手が母のお尻を忙しく撫で回すと母も気持ちいいらしくて股を僕の太腿に押し付けてきました。
柔らかい腰をゆらす動きをしてきたので僕はもうたまらず

「母さん 母さん! 僕もうたまらん。母さんを抱きたい母さん僕の初めての女になって」
「エッ エツ? 駄目よう・・・私達、母子なのよ・・・それは出来ないわ」

「母さんとしたい。初めては母さんとするってズット前から思っていたんだ」
「何で、何で母さんとなの?母子でなんていけないことなのよ」
「母さんの体は大きなオッパイ、大きなお尻、綺麗な肌、可愛い顔 全部が僕の理想なんだよ。いつも母さんとのSEXを想像しながら一人Hをしてるんだよ」

「・・・・・・そうなの そんなに思っててくれて母さん嬉しいわ。いいわ・・・あなたの初めての女になってあげる。でも約束して・・・今夜だけよあなたの女でいるのは」
「うわあ~良かった。母さんありがとう」

「いいのよ。ホントはね母さんもHしたくてたまんない時があるの。お父さんと5年くらい前にしたきりでしょ・・・母さんもまだ女なの・・・。」

と言いました。この時の母は凄く淫乱そうに見えて僕は嬉しいって思いました。もう僕のチンボはズボンを思いっきり突き上げています。母さんはそれを見て2.3度撫で上げて「凄く大きそうね 母さん楽しみだわ。あなたの初めての女になるんだからシャワーして綺麗に洗ってくるわね。あなたも来る?」

「ウン・・・いくいく・・・洗いっこしようよ」
大人になってから初めて浴室で見た裸の母の体は僕の想像通りの綺麗さでした。シミ一つ無い真っ白な肌、ピンクの乳首を載せた大きな乳房、くびれた腰からバンと張った尻、太腿、山の様に盛り上がった恥毛。

それらに見とれているとますますチンボが固く大きくふくらみます。母はそれを握ってしごきながら
「ああああ・・・固いわ・・・それに凄く太いのね。お父さんのとは比べようも無い位立派よ・・・母さん嬉しいわ」
僕は母のオマンコに指を差し込んで
「母さん オマンコの中もうこんなにトロトロだよ。おツユが流れるくらいになってる・・・ あああ・・・ 母さんそんなにこすったら出ちゃうよお」

「いいわよ 出しなさい 一度出しておいたほうが後ちゃんと出来るからね」
と言いながらますますギュッギュッとしごくので、あっと言う間に母のお腹目掛けて大量に出してしまいました。
もう2人共とても待てず体を拭くのもソコソコに母のベットに直行しました。
M字に開いてくれた脚の間に入って覆いかぶさるとチンボを握ってくれてオマンコに導いてくれたのです。

「さあ ここよ。ここにあなたのおっきいオチンチンを入れて・・・そして思いっきり突くのよ」
トロトロのオマンコでしたが、長い間使われていなかったためか、入口、中ともきつきつでした。また僕の亀頭が大きいため根元まで差し込もうとすると

「ああああああ・・・ カズちゃん凄いわ・・・凄い大きいの・・・母さん、あそこが裂けそうよ。あなたのオチンチン大きすぎる・・・・でも最高!こんなの初めてよ。子宮が突かれてるのが分かるわ。少しゆっくり突いてええええええええ・・・」

「母さん 僕も凄い気持ちいいよ。母さん気持ちいいかい?」
「いい・・いいい~ あたしもう逝くわ いッちゃう。いっちゃうう~ 逝くっ」

母のオマンコがピクピク痙攣をしだしました。そして凄い力でチンボを締め付けてきます。僕は初めてのオマンコ、母も5年ぶりとかで2人とも5分ももたずに逝ってしまいました。チンボは逝っても少しも小さくならずに母のオマンコの中です。
オマンコはいつまでもヒクヒクとしてチンボをすぐに最大に蘇らせました。僕がまたピストンをはじめると

「えええ? もう出来るのお・・・凄いわ・・・突いて突いて・・・思い切りして。いっぱいして~突いて」

母は絶叫していました。次の日の朝方までほとんど寝ないでやり続けていました。何回目かは覚えていませんが、精子を飲みたいって言うので母の口の中に射精すると全部飲んでくれました。

「カズちゃんの精子はおいしいわ」
って言ってニッコリしてました。
淫乱そのものと言う感じです。朝見ると疲れはてて今は可愛い寝顔でした。

明くる日からは母は僕の女になってくれました。
母は生理が終わっているので、毎晩、生で母の膣内に射精しています。
母も僕の精子が入ることを喜んでいるのです。

「カズちゃんのオチンチンは誰にも渡したくない、私だけの物にしたい。でもまあ、あなたが結婚したらお嫁さんとなら仕方ないけど、母さんともお嫁さんと同じくらいしてよ」と可愛いことを言っています。

最初は今夜だけ僕の女になって上げる。なんて言っていたのにいつまでも僕の女でいたいなんて言っちゃっていいのかなあ。
僕のチンポは18センチですがエラの張りが立派で、それが女を狂わすみたいです。
母は
「ダメ・・・もうダメ・・イ・いっちゃう、いっちゃう」
と喘ぎながら体を痙攣させて僕にしがみ付いてきます。

近頃、僕もSEXが上手くなって子宮の奥のコリコリを意識してデカイエラで刺激しています。10分も刺激すると
「あぁぁぁ・・・いい・・ダメ・・・狂っちゃうわ」
と母は涎を垂らしそうになりながら第1回目のアクメに登りつめていくのです。いつも母は一晩に4~5回はイき大声で泣き叫んでいます。

 

 投稿者:匿名  投稿日:2012年10月 3日(水)21時48分5秒
返信・引用
  俺は慎、20才の地元の国立大学に通う学生です。
父は49歳で4年前からアメリカに単身赴任中、母は43歳のパート主婦、一つ下の妹がいますが高校からバレーボール留学で東京の強豪校に進学し大学もバレーボールで東京の大学に入れて貰ったので、家には俺と母の二人しかいません。

自慢するわけではないのですが父と母は子供の俺たちから見ても美男美女の夫婦でスポーツ万能、子どもの頃から友だちに羨ましがられ、特に美人の母は俺の自慢でした。
父も妹も家に帰ってくるのはお正月くらいで、1年間のうち350日は母と二人きりの生活です。

でも、俺も母も淋しいと感じる事は無く、逆にこの生活を楽しんでします。
なぜなら、俺たち二人は恋人同士のように愛し合っているからです。
誰にも邪魔されたり見られる心配の無い家の中で、俺と母は思い切り解放的に愛し合っています。

母とそうなったのは妹が高校進学で東京に行ったすぐあとのことでした。
俺はずいぶん前から母を女として意識していて、入浴中やトイレを覗き見したり、さり気無く体を触ったり、母の下着を使ってオナニーしたりしていました。

特に妹が出て行ってからは、母はパートに行ってるので平日の昼間は俺一人になるので、母の部屋から洗濯する前の母の下着を持ち出しては匂いを嗅いだり舐めたりしながらオナニーに耽っていました。

俺の行動はエスカレートし母の下着に射精するまでになりましたが、そんなことをしているうちに当然母にばれてしまいました。

ある日の夜、俺が部屋でゲームをしていると母がコーヒーを入れて入ってきました。
そして俺の横に座って大事な話があると言うので、俺はとりあえずゲームを止めて母の話を聞くことにしました。

俺が17歳、母が40歳になったばかりのときです。
母は大きく息をした後、俺に向かって言いました。
「慎、あなたはママ(母は自分のことをこう言います)の下着に変ないたずらをしているでしょう?」
俺は返事ができずに黙って下を向きましたが、体から血の気が引くのがわかるほど動揺していました。

「どういうつもりでそんなことをするの?」
母は声を荒げる事も無くいたって穏やかに聞いてきます。
「どういうつもりって・・その・・」
そんなことを聞かれても答えようがありません。

「まさか亜矢(妹)の下着にもいたずらしたんじゃない?」
「いや、それだけは絶対にしてない、お母さんのだけ・・」
「ママのだけ?本当に?、でも、どうしてママのだけなの?それを証明できるの?」
穏やかに言ってくるだけに、俺は逆に追い詰められていくような感じでした。

「下着だけじゃ無いでしょう?ママがお風呂やトイレに入っているときにこっそり覗いていたでしょう」
そんなことまで気付かれていたとは、俺は完全に終わったと思いました。

「ごめんなさい・・もう二度としないから」
俺は謝るしかないと思い素直にそう言いましたが、母は更に
「二度としないとかじゃ無いの。どうしてママの下着をいたずらしたり覗き見したのかそれを言いなさい」

そう聞かれても、まさか母のことを女として意識しているからなんて口が裂けても言いたくありません。
俺が黙ったままじっとしていると
「慎、もしかしてママのこと好きなの?だからママに対してエッチなことをしたいんでしょう?」
まるで俺の心の中を見透かしているように言いました。俺は黙って頷くしかありませんでした。

「困った子ね・・ママのことを好きになるなんて」
溜息をつきながら言う母に、俺は切羽詰って
「母親が嫌いな子どもなんかいないよ・・」
そう言ってその場を逃れようとしましたが
「母親として好きなだけならエッチなことをしようなんて思わないでしょう」
その通り、俺の負けです。

俺は母に対して何も返す言葉が無くなって凄く気まずい雰囲気のままじっと下を向いていました。
しかし母は許してくれません。
「慎、いつまでも下ばかり向いてないでママの方をちゃんと向きなさい」
俺は仕方無しに母のほうを向きました。

「慎、正直に言いなさい。ママのことが女として好きなんでしょう?」
俺はもう隠し切れないと思い黙って頷きました。
すると母は両手で俺の頬を挟むんで自分の方に引き寄せます、俺は叩かれると思いましたが母は穏やかな顔をしたままです。

そして顔と顔が数センチほどの距離になった時に母は目を瞑って首を傾げるようにしてそのまま迫ってきて、唇が俺の唇に密着しました。
何秒間か経って唇を離した母は俺の首に腕を巻きつけながら、今まで一度も見せた事の無いような目付きで


「ママのことが好きだって言いなさい・・」


穏やかな顔なのに凄い迫力・・俺はその迫力に完全に呑まれてしまい、ついに
「お母さんが好き・・」
そう言ってしまいました。
母はその言葉を聞くと
「ママも慎が大好きよ」
にっこり笑いながらゆっくりと顔を近づけてきました。

そして唇と唇が密着すると、俺の口の中に母の舌が入ってきました。
俺はこれがはじめての生まれて初めてのキス、どうして良いかわかりませんでしたが母にリードされるように舌を絡めながら無我夢中でキスを交わしました。

「慎、お風呂に入ってきなさい」
母は長い長いキスのあと、唇を離すとぼーっとしている俺にそう言いました。
俺はものに憑かれた様に母の言うまま風呂に入りましたが、しばらくすると母も入ってきました。

時々覗き見していたとはいえ、母の裸をこんな間近で見るのはそれこそ小さな子どもの時以来ですから凄く緊張していました。
母が俺の浸かっている所に割り込むように入ってきたので、狭い家風呂の中で二人で密着するように浸かりましたが、俺はさっきキスを交わしたときからビンビンに勃起していたので、それを見られるのが恥ずかしくて手で隠していました。

「慎、ママがきれいに洗ってあげるから出なさい」
俺は言われた通り風呂から出て椅子に座りました。
母は俺の背中をボディーソープを付けたスポンジで擦るように洗ってくれましたが、時々背中にキスをしました。
その感触に思わず声を出しそうになるほどゾクゾクしました。

背中を洗い終わると、今度は俺に前を向くように言いました。
俺は恥ずかしかったけど母の言う通りにしました。
「まぁ・・慎のって凄いのね・・いつの間にこんなに大人になったの?」
母は勃起した俺のチンチンを見て言いました。

そして背中を洗ったときと同じようにスポンジで俺の首から下に向かって優しく擦るように洗っていきました。
お腹のところまで来ると勃起したチンチンを避けるように脚を擦って行きます。
チンチン以外のところを全て洗い終わると、母は手にボディーソープをたっぷりつけてチンチンを包み込みように洗い始めました。

凄い快感です。何度も射精しそうになりましたが、母にはそれがわかるのか、射精する寸前で手を緩めてくれたのでなんとか我慢できました。
シャワーで泡を流し終わると、母は椅子に座ったままの俺の前にいきなり屈み込みました。
そしてビンビンニ勃起したチンチンを口に咥えました。
これはもうダメです、少し舌を動かされただけで我慢できずに母の口の中に勢い良く射精してしまいました。
あまりの気持ちよさに俺が呻き声を上げていると母は口をすぼめながら精液を吸い出してくれました。
全て吸い取ると俺を見上げる母、口の横から俺の精液を垂らしている顔はなんともいえない厭らしい顔でした。

「慎、ママの体を洗って」
母は俺の精液を飲み干したあと、口を濯ぐと俺に向かって言いました。今度は俺が母の体を洗う番です。
母を椅子に座らせると同じように背中から洗っていきました。

背中を洗い終わるとそのまま後ろから手を回して抱きつくようにしながら首から乳房、お腹の方へと母の体にスポンジを這わすように洗っていきました。
「慎・・先に脚を洗って」
俺が母のアソコを洗おうとすると母は脚を閉じるようにしながら言うので、俺はそのまま太腿から膝に掛けてスポンジを這わせていきました。

そこまではちゃんと洗いましたが、俺はもう我慢できなくなってスポンジを手放すと、両手で母の乳房を揉み始めました。
乳房を揉んだり乳首を摘まんだりしていると、母は俺にもたれかかるようにしながら後ろを振り向いてキスをせがむような仕草をします。

俺は母の唇をむさぼるように吸いながら乳房を揉みまくりました。
母は唇を離すと、ボディーソープで滑べるように俺の腕から抜け出すと、風呂桶の縁に座って脚を開きました。
「慎、ここもきれいにして」
母はそう言いながら指でアソコを広げました。
初めて目にする女性のアソコ・・俺は手にボディーソープをつけてそっと洗い始めました。
「そう・・優しく・・強く擦っちゃダメよ・・」
母は目を閉じて、少し荒い息を吐きながら言いました。
俺は母の言う通り優しく丁寧に指を這わせながら洗いました。
十分に洗ったと思いシャワーで泡を洗い流すと



「慎・・ママがしてあげたみたいに舐めて・・」



母はぐっと脚を広げて俺の頭をアソコに引き寄せました。
俺は初めてなのでどこをどうやって舐めたら良いのかわからずに、とにかく必死で舐め回しました。
舐めているうちにネバネバした汁がどんどん溢れ出てきてボディーソープの味や香りが消えて、何ともいえない味が俺の口の中に広がってきましたが、これが母の味だと思うと出てくる汁を味わうように舐めました。

しばらく舐めていると、母の様子が段々変わってきました。
体を震わせながら上ずったような声の混ざった洗い息を吐いて腰をぐいぐい突き出してきます。
そして、たまらないといった感じの声で
「慎・・床に寝て・・」
と言って風呂桶の縁からよろよろと立ち上がりました。

俺が言われた通りにバスマットの上に仰向けになると、母は俺のチンチンのところに腰を下ろしてきました。
そしてチンチンを手で立たせると、そこに座り込むようにしてアソコに入れました。

俺のチンチンは何とも言えない暖かく柔らかいものに包み込まれました。
「あぁ~・・慎のオチンチンがママの中に入ってる・・」
母はそう言いながら腰を上下し始めました。
母の膣が血圧測定器の腕帯のように俺のチンチンをぐいぐい締め付けてきます。

俺はこの時が初めてのセックスだったのでたまりません。
「お母さん、出ちゃうよ・・あっ!」
俺は一分ともたず母の中に射精してしまいましたが、まるで搾り出すようにぐいぐい締め付けてきましたが、そのうちに俺の上にガクッと崩れ落ちてきて体をわなわなさせながらしばらく俺に折り重なるようにしていましたが、少し落ち着くと顔を上げて俺にもの凄く激しいキスをしました。

こんなことをしているうちに二人とも体が冷えてしまったので温まろうと風呂に浸かりましたが、母は俺と向かい合わせになるように俺を跨ぐように座ると体を密着させながら何度もキスをしてきました。

俺は2回も射精したあとだったのでかなり落ち着いていましたが、まさか俺の自慢だった美人で清純そうな母がこんな事をするだなんて、まるで夢を見ているようでした。
体が温まると母は風呂から出て、俺が母の中に放った精液をシャワーを当てながら洗い流して風呂場から出て行きました。

俺も長く風呂に浸かっていたのと母との事でのぼせる寸前だったので、母が出たすぐあとにチンチンをきれいに洗って出ました。

俺は部屋に戻りましたが母が来る前にやっていたゲームを続ける気も無くなり、ベッドに寝転んで天井を見つめたまま、たった今起こったことを思い返していました。
時計を見ると11時を少し回ったところで、いつもなら眠くなるのにこの夜は興奮しすぎて目が冴えてしまい全然眠くならないので仕方なくCDを聞いていましたが、喉が渇いたので水を飲みにキッチンに行きました。

冷蔵庫にあったミネラルウォーターのペットを持って部屋に戻ると、そこにパジャマ姿の母が入ってきました。
「慎も眠れないのね・・ママもなの・・」
母はパジャマのボタンを外して脱ぎ捨てながら俺に迫って来ました。
そしてパンティーだけになると、今度は俺のパジャマを脱がして上に重なってきました。
そして俺の唇を舐めるようにしながら激しいキス、母の舌が俺の口の中を舐め回すように動きながら俺の舌に絡んできます。
そして俺の体中にキスをしたり舐めたりし始めましたが、男でも乳首って凄く感じるんだと言うこと知りました。
くすぐったさと気持ちよさの入り混じった何とも言えない快感、ついさっき風呂で2回射精したと言うのに、俺のチンチンは既にビンビンに勃起していました。

母はそのまま下半身の方に向かってキスをしたりなめたりして行って、とうとう俺のパンツを下げました。
俺のチンチンはバネでも入っているかのようにびょーんと飛び出しました。
「慎・・もうこんなに元気なの?」
そう言いながら俺のチンチンを下から上に舐め上げたりキスをしたりしています。
凄く感じていたんですが、今回は2回射精したあとだったので快感を味わう余裕がありました。

母は時々俺の顔をチラッと見ながらチンチンを舐めたりしゃぶったりしていましたが、片手で起用にパンティーを脱ぐと、俺の顔を跨ぐような体勢になりました。
俺の目の前に薄っすらと濡れた母のアソコがパックリ開いて迫って来ました。
俺は無我夢中で舌を伸ばして下から舐め回しました。

「うっ・・んっ・・」
母は俺のチンチンをしゃぶりながら俺が舐めるたびに体大ビクビクッとさせて呻き声を上げます。
俺は母のアソコの穴に舌先を入れたりクリトリスに吸い付いたり、アソコから溢れてくる汁を啜ったりしましたが、無我夢中になっていたおかげで、母にチンチンをしゃぶられてすごく感じていましたのに我慢できなくなる事はありませんでした。


「慎・・来て・・」


母は我慢できなくなったのか、俺の上から降りて仰向けになると脚を開いて俺を招きました。
母の垂らした汁で俺の口の周りはヌルヌル、それを手で拭って母の開いた脚の真ん中に体を入れました。

ほんの1時間ほど前に童貞を卒業したばかりの俺はどこに入れるのか迷いましたが、母が俺のチンチンを掴んで導いてくれました。
さっきは母が上になって、しかもすぐに射精してしまったのでセックスしたと言う実感はあまりありませんでしたが、今度は俺が母の上に乗っているので感じ方が全然違います。
母の中にチンチンが入ると、俺はDVDなどで見た通りに腰を激しく振りながらピストンしました。
「これがセックスなんだ・・」
そう思いながらなんとかリズムを付けて腰を振ると、母は俺の下で声を上げながら仰け反ったり腰を浮かせて押し付けてきました。

「母が俺にこんな姿を見せるなんて・・・」
不意にそう思った瞬間、急に激しい快感が襲ってきて、たまらず母の中に射精してしまいました。
母も俺の射精に合わせるかのように背中を大きく反らせてビクビクしていました。

この夜の出来事が俺を母の体に溺れるセックスの虜にしました。
なにせセックスに一番興味がある高校生、学校に行けば周りの友だちは
「早くヤリタイ」
「誰々はヤッタらしい」
みたいな話ばかりしている年頃です。

俺は友達に絶対に言えないけど毎晩のようにセックスをしていると言う優越感に浸り、周りのみんなが子どもに見えました。
今でもそうですが、毎晩母とベッドをともにしていますから体調がよほど悪くない限りは自然にセックスをしてしまいます。

それにベッドだけではありません。
家の中であればどこでもできるので、俺が台所仕事中の母を後から襲うようにしたり、逆に母が俺を挑発してきたり、風呂場でもよくしてしまいます。
休みの日などは、ろくに食事も摂らずセックス三昧と言う日もあります。

嬉しいことに母はピルを服用しているので、俺にはコンドームを着けずにセックスさせてくれます。
父が帰っていているとき、父にはコンドームを付けさせていますが、それは父とのセックスでは物足りない母が、父が眠った後に俺とするのに父の精液で汚れされたくないからだそうです。

「慎はママだけのもの、誰にも渡せないわ」
母の口癖です。

 

息子の嫁

 投稿者:匿名  投稿日:2012年10月 3日(水)21時45分23秒
返信・引用
  息子の嫁



僕は3年前に60歳で県庁を退職し悠々自適の生活をしています。
1年前に女房を悪い病気で亡くし今は長男の嫁と小学生の孫の3人で暮らしています。
長男は半年前からインドに単身赴任をしています。

僕は定年の直後は暫く落ち込んでいましたが、最近、ようやく落ち着いてきました。そうすると、また、性の欲望も出てきて、ひとつ屋根の下で暮らしている嫁の身体が気になって仕方がありません。

嫁の方は、僕がそんなことを考えているとは、つゆ知らず
「お義父さん、お義父さん」
とよく世話をしてくれます。

2ヶ月ほど前にPTAの会合があり、嫁は遅くなるから、先に寝ているようにと言って出かけました。孫は、二階の自分の部屋に行き、僕は、テレビを見ながらウイスキーを飲んでいました。
12時近くなって、ようやく嫁が帰ってきました。
「あら、おとうさん、まだ起きてらしたの。すっかり遅くなってしまってごめんなさい」嫁はだいぶ酔っ払っているようでした。

「おやすみなさい」
と言って寝室の方に行きましたが、ふらふらしていました。思わず後を追っていくと、嫁が、着替えようとして、下着姿になっていました。
嫁は35才、色が白くてぽっちゃりタイプの肉感的な女です。ブラジャーをはずすと、大きなおっぱいがブルんと飛び出しました。足元のふらついた嫁は、そのままパンツ1枚の姿でベッドに倒れ込みました。


それを見た僕は、頭の中が真っ白になり、そのまま部屋の中に突進して、嫁に抱きつきました。嫁は、吃驚して
「あっ、おとうさん、何をするんですか」
と言って逃げようとしましたが、僕は、もうどうしても止まりません。抱きついた手を放さず、乳房をもみ、かぶりつきました。
パンツを、脱がそうとしましたが嫁は必死で抵抗しました。

「いけませんは、おとうさん、やめて、許してください」
とっさに
「孫に聞こえたら大変だから、おとなしくしなさい」
と言うと、急に抵抗する力が弱くなりました。
嫁のパンツを脱がせて全裸にしました。素晴らしい身体でした。僕は、頭がカっとして、股間がはちきれそうになりました。すぐに僕も、衣服を脱ぎ捨て素っ裸になり嫁に抱きつきました。

嫁の全身を撫で回したり、さすったり、なめたりしました。嫁の肌はすべすべで、しっとりとした色気が漂っていました。嫁は、もう抵抗せず、おとなしくなりました。乳首をなめると、固く尖ってきます。嫁も感じているんだと思うと、僕は気が狂いそうに高まりました。

嫁の陰部に手をはわすと、そこは、もう洪水のようになっていました。
ヌルヌルが強く嫁も興奮していたのです。指を入れると締まりのいい膣が指を締め付けてきます。親指をクリトリスに当て指2本で中をかき回すと、嫁は、喘ぎ声を出します。

「あぁぁ・・いい・・いいわ」

そして両足を大きく開いて、早く入れて欲しいというシグナルを送ってきました。
僕ももう、我慢の限界に達して、嫁の上にまたがり、怒張したものを嫁のぬかるみの中に突っ込みました。

そこは暖かく暫く生身の女体に接していなかった僕は最高に気持ちが良かったです。
子供を生んだ膣とは思えないほど締りが良く僕の息子を吸い込んでいきます。
嫁は
「うっと」
うめいて、あごを反らします。僕は、嫁の膣を味わいながら浅く、浅く、深く息子を出し入れしました。エラは締まりのいい嫁のオマンコに引っかかりコリコリと音を立てていました。

「いい・・・そこ・・すごくいい・・・」
嫁は腰を押し付けて僕にしがみ付いてきます。
ゆっくり腰を廻していくと

「ダメ・・ダメ・・・イっちゃう・・」
と言いながらオマンコがピクピク痙攣し僕の息子を強烈に締めこんできました。
「いいよ・・・何度でもイきなさい。僕のペニスを楽しみなさい」
僕は余裕で何度も嫁を狂わしました。

嫁が数回登り詰めた後、僕はしゃにむにピストン運動をして、とうとう果てました。
精液が、どくどくと嫁の膣の奥深くに噴射しました。嫁は、悲鳴を上げてのけぞり、両足を突っ張り、その後、僕にしがみついてきました。
暫く、そのままで、腰のあたりを、ぴくぴくと痙攣させていました。

激しい呼吸が収まるまで、ずいぶんかかりました。
その夜から僕は女盛りの嫁の欲求不満を解消させています。
「35歳の人妻が最高」と言われていますが確かに肌の張りもあり愛液も豊潤に溢れてきます。SEXの味を覚えた女のオマンコは最高ですね。
息子がインドから帰って来るまでは僕の女になる。と嫁も言っています。

 

中学生の息子

 投稿者:まゆみ  投稿日:2012年10月 3日(水)21時43分45秒
返信・引用
  横浜に住んでいる37歳の専業主婦です。
昨日、とうとう14歳のひとり息子と関係を持ってしまいました。
私の夫は10歳年上の47歳で、某大企業に勤めています。
出世コースにも乗っているようで、リストラもされず、私達家族は何不自由ありません。
でも私には一つだけ不自由なことがありました。それが夫とのセックスです。
仕事が忙しく、疲れているのは分かるのですが、月に一度あればいいほうで、女盛りの体がうずき私は完全に欲求不満でした。
それでそのハケ口を若い男の子とのセックスに求めていました。

出会い系の掲示板にメッセージを載せれば、たくさんの男の子達から何十通ものメールが届きます。その中から適当に選んでは返事を出して、息子が学校に行っている間に彼らとのセックスを毎日のように楽しんでいたのです。

中には童貞くんもいて結構楽しいのです。
そんな毎日でしたが、ひょんなことから足をくじいてしまい外出が出来なくなりました。それで遊び好きの私は悶々とした日々を送っていました。ついにいつも身近にいる息子を誘惑してしまったのです。
息子は14歳ながら170センチを超える身長とテニス部で鍛えた引き締まった体をしています。

その彼が毎日オナニーをしていること。そしてそれに私の下着を使っていることも知っていました。色気づいてきて数ヶ月前から私を見る目も「女」を見る目になっていました。
それに気付いてから私は家の中では意識的にノーブラで胸元の開いた服を着たり、丈の短いスカートや短パンを履いて彼の反応を見ていました。

案の定息子は背の低い私の上からさり気なく覗き込むようにしたり、リビングで私の正面に座ったりします。
そんな時、息子の股間が徐々に膨らんでくるのを私は見逃していませんでした。
息子は勃起すると何気無さそうに自分の部屋に戻っていきます。

昨夜は夫が出張で家の中は息子と私だけでした。
夕食の後片付けも終わり、息子とソファに並んでビデオの映画を見ていました。息子は映画よりも私の胸元が気になるようで、チラチラと覗いていました。私が徐々に息子に寄り添うように持たれかかっていくと、息子のスウェットの股間は見る見るうちに膨らんできました。

私はしばらく知らん振りをしていましたが、やがて息子を見上げ、
「どうしてこんなになっちゃたの?」
と聞きながら彼の股間の膨らみに手を添えました。息子はひどくあっせた様子で、答えられずにモジモジしていました。

私は股間の膨らみに添えた手をゆっくりと動かし、
「おかあさんのせいなの?」
と聞くと、息子は小さな声で
「うん・・・」
と頷きました。

「それなら治してあげる。」
と言って私は息子のスウェットとトランクスを引き下げ、おチンチンを取り出しました。そこには息子よりも大柄な夫のモノに見劣りのしない立派な代物が現れてきました。ギンギンに勃起し逞しくそそり立っています。
「立派になったわね」
と言いながら私は息子のモノに頬擦りし、手でしごき始めました。

息子は
「はぁ~」
と声をあげ、感じているようでした。
私は手を止め
「お風呂で綺麗にしてからもっと気持ちいいことしてあげる。」
と言って息子を浴室に連れて行きました。

浴室で息子の体を丹念に洗い、彼のモノにしゃぶりついて一度イカせました。いくら飲み込んでも口からあふれるほど大量の精液が飛び出してきます。
その後は寝室のベッドに彼を寝かせてディープキス、フェラチオ、シックスナインと、
いつも男の子達と遊んでいる時の様にしていました。

でも、やはり自分のおなかを痛めた息子とやっていると思うと、全然感覚が違うものなんですね。
息子の拙い愛撫でも物凄く感じるんです。
耐えられなくなった私は息子のモノに手を添えて騎乗位で挿入しました。今まで経験の無い様な快感が体を走り、頭が真っ白になり夢中で腰を動かしました。
息子もオナニーでは得られない快感を感じていたと思います。

すぐに息子は
「出る~!」
と叫び、私の中でドクドクと精液を放ちました。
その瞬間私もイってしまいました。
私は息子の上に倒れこみ、彼のモノを中に咥え込んだまま余韻にひたっていました。

息子が
「おかあさん、ありがとう。初めてはおかあさんとやりたかった。」
と言い、キスをしてくれました。
すると私の中で小さくなりかけていた彼のモノはまた大きくなり、そのまま2回目を始めてしまいました。
その後は何度も求め合い、何回イッたのか分からない程でした。息子は私の中に7~8回ほど射精していました。

息子にテクニックはありませんが、射精してもすぐに回復し堅いペニスで子宮を突いてきます。主人のふにゃまらと異なりとても気持ちがいいです。
主人が出張から帰るのは日曜日です。

今夜も息子と心ゆくまで求め合うことができます。なんだか近親相姦と言う禁断の世界に溺れてしまいそうです。でも避妊させしっかりすれば世間にご迷惑を掛ける訳ではありません。こんな家庭があってもいいのではないでしょうか。

 

義理の娘

 投稿者:すずき  投稿日:2012年10月 3日(水)19時47分50秒
返信・引用
  居酒屋を3件経営している45歳の×いちの男です。
1年ほど独り身でいましたが何かと不自由なのでセフレの彼女と結婚しました。
妻は42歳で妻には中学1年の娘がいました。

再婚をする前から連れの娘のことは気になっていました。女の子としては大きいほうで身長165センチもあり乳房も母に似て大きいのです。それにまだ世間で揉まれたことがないので、初々しく私は性的欲望の対象として見ています。

再婚をして1年経った頃、妻が親類の不幸で一人で里帰りした夜のことです。
中学2年の娘と夜の食事を取り、義理の娘はいつものように自分の部屋へ入り、私は居間で和んでいた時、ふと私に悪魔への誘いが舞い降りたのです。

義理の娘がお風呂へ入るのを見計らい、私も全裸になりました。
丁度、脱衣場で身に着けている衣服を一枚一枚脱ぎ去るのを私はドア隙間から確認しながら、いきなり背後から義理の娘を抱き締めました。

義理の娘の唇、唾液を味わい、嫌がる娘と唾液の交換をしました。
そして、力任せに私と妻の部屋へ引き入れて手で乳房、下半身とを愛撫しました。これまでの抑えていた欲望を晴らすかのように、義理の娘の性器を一時間近く舌、口を使いながら、堪能しました。

初めは抵抗をしていた義理の娘も、暫くすると大人しくなりました。
私は頃合いを見計らって娘に乗りかかりました。
位置を合わせ一気に差し込んだのです。

「イ、イ、痛い!!」
娘は泣き叫びましたが娘の肩を押さえつけて上にずりあがらないように抑えつけました。そして根元まで挿入しました。
始めて男根を受け入れて膣は狭く、新鮮な香りを撒き散らしていました。

「グリグリ、グリ」
と押し込んでいくとやがて子宮の壁にぶち当たりました。
娘は
「痛い、痛いよ~、お母さん助けて!!」
と叫んでいましたが男根が奥まで入るとシクシク泣くだけで大人しくなったのです。

私は余りの締まりの良さと美しい娘の歪んだ顔を見て興奮しました。
すぐに射精感が襲ってきて娘の膣深くに思い切り噴射させました。
「ドクドク、ドク」
と大量の精液が娘の子宮に吸い込まれていったのです。

その日以降、義理の娘との関係は続いています。最初は嫌がった娘もSEXの快感を覚え今では私の男根を口に入れながら
美味しい」
と言うまでに成長しています。

昨晩、私と娘が音を立てながら69をしている姿を、トイレへ行くのに起きた妻に目撃されました。私も視線に気が付きましたが、敢えて愛撫を止めづに、義理の娘と最後まで愛し合いました。

妻は最後まで見ていたんだろうと考えながら・・・。
今朝、朝食のテーブルには何事もなかったかの様に3人で座っていたのです。
妻も娘も今まで母子家庭でそれなりに嫌なことや苦しい生活に揉まれてきたと思います。
幸いにも私は親から譲り受けた資産もあり生活に不自由させるようなことはありません。贅沢な暮らしを取るか、又、苦しい母子家庭の生活に戻るか・・・妻も現実を直視したのでしょう。
これからはおおっぴらに娘とのSEXが楽しめそうです。
親子との3Pもいいかな。と思っています。


 

妹を犯した僕

 投稿者:あきら  投稿日:2012年10月 3日(水)19時45分45秒
返信・引用
  僕は19歳のフリーターです。高校を卒業しても就職先がなくコンビニでアルバイトをしています。家族は両親と高校1年の妹の4人で暮らしています。
僕には変な趣味があって制服美少女、特にセーラー服系の女の子が好きなのです。

必ずデジカメを持って外出して、可愛い子がいたら写真を撮ります。何人かの子の家を捜し当て、部屋の中や浴室でくつろぐ女の子の姿を眺めたこともあります。
ただ、ストーカーとか、そんなことはしませんでしたし、するつもりもありません。

妹は、今年高校に入ったばかり。中学校はセーラー服だったので、もちろん妹の写真も撮りました。
というか、妹の写真が一番多かったのです。気兼ねせずに撮れますし、眠っている写真も撮りました。キスしたり、胸を揉んだり、股間に頭をうずめたり、僕のモノを握らせたり・・・。でも、一線は越えませんでした。

ただ、心のどこかでは狙っていたのかもしれません。
2週間ほど前の金曜日、両親は親戚の家に用事で泊まりに出かけて、その日は僕と妹のふたりきりになりました。そんなシチュエーションが、一線を越えさせたのかもしれません。

クラブ活動で帰りの遅い妹の部屋にふらりと入って、妹とは言え、年下の女の子の甘い臭いを嗅ぎながら、クローゼットの中の下着を顔にかぶせてベッドで寝転んでいました。
そして下腹部のうずきが我慢できずに、次第に息が荒くなってくるのが分かりました。

思わず裸になり、今度はセーラー服を引っ張り出してベッドに敷き、おもむろに抱きこんで妹の名前を連呼しました。そしてペニスに突き上げてくるものを押さえきれませんでした。
妹のパンティを咥えて吸いながらスカートの中にペニスを突っ込み激しく腰を振る・・・

僕の目の前には、セーラー服姿で痴態を露にした妹の姿がありました。
「何してるの!」
目の前の妹は叫ぶのです・・・
いや、そうではなかった!
妹は、家に帰っていたのです。部屋に入ってきたことも知らずに、僕は自分の世界にどっぷり嵌ってしまって、本物の妹に気が付かなかったのです。

妹は、顔を赤らめて叫びました。
「変態!このバカ兄貴!なにやってるのよ!お父さん達に言いつけるわよ、もう!」
軽蔑しきった妹の顔、兄の威厳もへったくれもありませんでした。妹のベッドでセーラー服を抱いて裸でオナっている変態が、そこにいる訳ですから。

もう、終りだと思いました。どうせ、終わりになるなら・・・・
目の前にいるのは、セーラー服姿の本物の妹。
開き直ってたぶん、こんなことを言ったと思います。
「やっとわかったか、おれは変態だよ」
多分、卑猥な言葉をかけながらだと思いますが、僕は仁王立ちする妹の肩を掴んでベッドに投げ込みました。そして、妹に覆い被さりました。

「やめろ!ばか!誰か!へんたい!もう縁切る!絶対に言いつけてやる!・・・」
半泣きで叫びながら殴りかかって抵抗する妹。
もう、兄妹の関係は終りだ、という気持ちと同時に、必死で抗うひとりのか弱い少女を犯そうとする優越感が、僕の行動を決定的なものにしたのです。

僕は、携帯電話の充電アダプタのコードを妹の首に巻きつけ、大人しくしなければ殺す・・・みたいなことを言ったと思います。
そして、妹の枕元にカッターナイフを突き刺して、もう完全な脅迫状態。
言い様のない嬉しさ、そして、妹に対する今自分がしていることに対する後悔の念。

その時の妹の姿は忘れません。涙を浮かべた目で、僕の顔を、怒りと恐怖と軽蔑と羞恥の眼差しで睨みつける・・・体は抵抗をやめ、しかし、口は暇ある毎に、憎しみともとれる言葉を吐き捨てるのです。

「変態野郎、殺してやる」
声にならない声で呟くのです。不思議なんです。妹から罵られると、余計に興奮してくるのです。もしかしたら、これが強姦の快楽なんでしょうか・・・。
僕は、妹の手足をベッドの端に括り付け、大の字にさせました。

首にはコード。もし妹が騒げば本当に締めていたのかも知れません。そう思うと恐くなります。しかし本能は正直でした。僕は全裸で妹のセーラー服姿を抱きしめ、その感触を楽しみました。夢にまで見た、セーラー服少女をモノにできる瞬間です。
暫く色々していたと思います。記憶にありませんが、恍惚に浸っていたと思います。
そして僕は、カッターナイフを妹の首元にやりました。妹の顔が引き攣ります。

次の瞬間、セーラー服を脱がしスカートも取り除きました。
ブラジャーも一脱がし大きいとは言い難いけれど初々しい乳房が、そして白いパンティが目に入ります。
妹がすすり泣くのがわかります。唇をかみ締め、視線はもう僕を見ようとはしていません。
「警察に言ってやる!」
妹のささやかな抵抗でしょう。
「言えよ」
そう言ったと思います。そしてパンティに目をやると、股間の丘の部分に染みが現れたかと思うとどんどん広がっていくのがわかりました。

もらしているのです。
「チビらすんじゃねえよ」
そういってパンティを脱がしました。妹は毛が余り多くなく、中学生を犯している気分になります。
オシッコが弧を描いて飛び出しました。理性では抵抗しているのでしょうが、体は感じているのです。僕はその液体を口にしました。

妹のオシッコを飲んでいる・・・そう思うと、もう我慢が出来ませんでした。
それから2~3時間ほど、何をしたのか、本当に思い出せません。
ただ覚えているのは、妹の中に入れたときの強烈に締めつける感じと、痙攣して半開きの目を潤ませる妹の顔。そして
「痛い、痛い」
と泣き叫んでいる妹。

妹の子宮に浴びせた精液。口の中に出し痛がる妹のアナルにも出しました。
・・・でも、アナルに出したかどうかは、覚えていません。
全てが終った時は、ベッドの上に、抜け殻になった妹の姿がありました。
「ごめんな・・・」
そう呟いても、妹は反応を見せませんでした。

覚悟を決めて、部屋を出るとき、背中に弱弱しい、しかしきつい一言が突きつけられました。
「もう、顔、見たくないよ・・・・」
翌日の夕方、両親が帰ってきました。しかし、妹は僕との出来事を親に話した形跡はありませんでした。

僕はほっとしました。
妹が両親に強姦されたことを告白すれば僕はこの家にはいられません。
恐らく勘当されて街に放り出されるのでしょう。そうすればフリーターの給料で生きていくのは無理かも知れないです。

妹に感謝しています。
出来心で妹を犯したことは後悔しても後の祭りです。
今、僕の手元にはオシッコで濡れたパンティが残っています。これをおかずに毎晩のようにオナニーをしています。妹を肴に。

麗子の泣き叫ぶ歪んだ顔。
締まりのいい処女のオマンコ。
コリコリした子宮の感覚を思い浮かべていると激しい快感が襲い、すぐにイってしまいます。妹は口も聞かず目も合わしてくれません。でも時間が経てば全てが解決すると信じています。


 

兄貴の嫁さん

 投稿者:マサオ  投稿日:2012年10月 3日(水)19時43分38秒
返信・引用
  僕は田舎の高校に通っている17の学生です。
今年の夏休みに母に頼まれ兄貴夫婦の家に孫の服とスイカをバイクに乗って持っていきました。昼間なのでもちろん兄貴は仕事中で留守。義姉さんの25歳になるマリさんと6ヶ月の子供がいました。

スイカを食べたりしばらく世間話をしたりしていると、子供が泣き出しぐずり出しました。姉さんは
「ごめんね、おっぱい上げるから泣かないで」
と言い僕の前で Tシャツをめくりあげ子供におっぱいを飲ませ始めました。僕は初めて見るマリ姉さんの真っ白な大きな胸に見とれていました。


少しして子供は寝てしまい隣の部屋に寝かせました。姉さんが部屋に戻ってきましたが僕は興奮していて黙っていると
姉さんが
「どうしたの?」
と聞いてきたので
「姉さんの大きな胸を見て興奮しちゃった。」
と正直に答えると姉さんは、笑いながら
「少し刺激が強かった?でもマサ君 高校生だともう経験してないの?」
と聞いてきました。僕は
「まだなにもない、キスも胸も触ったことがないです。」
と正直に答えました。

そして興奮し思わず
「姉さんの胸を触りたい.揉んで見たい」
と言ってしまった。すると姉さんが戸惑いながら
「少しだけならいいよ」
と思いもよらない返事がかえってきました。

僕は大胆になり姉さんに上半身 裸になってもらい大きな胸を揉みはじめました、後ろから揉んだり前から揉みながら乳首に愛撫しました。乳首をいじり姉さんの首筋にキスをしました。

すると姉さんは崩れるように横に寝そべりました。僕は首筋から唇にキスをしました。
興奮して歯茎がガチガチ震えていました。恐る、恐る舌を入れるとヌルっとした感触があり姉さんも舌をからめてきました。
手を伸ばし姉さんの局部を下着の上から触るとびしょぬれに濡れていました。
下着の中に手を入れ直にワレメに指を入れました。


姉さんが感じているのが分かり姉さんに
「気持ちいいの?」
と聞くと
「うん・・・とても気持ちいい上手だわ」
と言います。僕は
「舐めてもいい?」
「ええー舐めるの・・・」
「アソコ舐めたいよ」
「旦那にも舐められたことないんだよ。」

「お願いもうここまでしたら何でもさせて」
「しょうがないわね」
「その前に姉さん全部脱いでよ。」
そして寝室にゆきワレメをゆっくり見せてもらいヌルヌルノオマンコを舐めていると姉さんが
「早く入れて・・・いれて」
とせがむので挿入しようとしました。
しかし、穴が何処か分からず、やにくもに腰を振っていると姉さんがペニスを持って誘導してくれました。

中は暖かくて濡れ濡れのヌルヌルでした。初めて味わうオマンコの気持ちよさに吃驚しました。すぐに僕は逝きそうになり
「出そうだよ」
と言うと
「中に出していいよ。」
と言うのでドクドクと姉さんの子宮の奥に大量に射精しました。
頭が真っ白になり心臓がドキドキして最高に気持ちが良かったです。

姉さんは
「わたしはまだ逝ってないのよ、わたしもいかせて・・・」
と今度は僕を下にすると上になり激しくキスをしてきました。僕の息子は一度射精しても小さくならず勃起したままでした。

姉さんは直ぐに腰を下ろしてきました。奥まで入れると激しく腰を動かし喘ぎながら
「 いくーー」
と言いながらイってしまいました。

そして姉さんが
「どうだった?気持ち良かった。」
と聞いてきたので
「最高に良かったよ。兄貴が羨ましいな。毎日 姉さんと出来るんだから」
と言うと
「子供が出来てからあまりしてくれなのよ、マサ君さえよかったら夏休みの間わたしの相手してくれない?」
マサ君とエッチして気持ち良かったよ・・・いいかな?」
と聞いてきました。

僕はいいにきまっているので、その日から毎日、バイクに乗って昼間に姉さん宅に会いに行ってやりまくりました。
姉さんは僕が来る前に子供を寝かしつけていました。そして風呂のお湯をため布団を敷いて下着もつけずに待っていました。夏休み中に何回やったか分からないほどSEXにのめり込みました。

先週の日曜日は兄貴が釣りにいっていませんでした。久しぶりに姉さんから誘いの電話があり
「したいから来て」
と言うので喜んで行くと激しく求めてきました。昼の1時から5時まで入れっぱなしでした。4~5回は射精しました。
僕はやりたい盛りですし恋人もいません。
姉さんも兄貴がやらないので欲求不満のようです。これからも僕達の関係はまだ、まだ続きそうです。

一度、熟れたオマンコの味を覚えるとオナニーでは何か満足しません。
やはり生身の女の暖かさがないと寂しいです。

 

酔った姉

 投稿者:たけし  投稿日:2012年10月 3日(水)19時41分45秒
返信・引用
  僕は私立の名門高校に通っている3年生です。
来年の国立大学の合格を狙って結構勉学に励んでいます。勉強に飽きるとオナニーをしていますが、いつもオカズは姉とのSEXを思い出しながらシコシコやっています。

僕は末っ子で姉とは10歳も歳が離れています。兄もいますが独立して1人で暮らしています。姉は昔からすごく僕の事を良くしてくれて面倒を見てくれていました。
小さい時から毎日一緒に風呂にも入っていました。姉が就職してからも姉が帰宅するまで風呂を待っていました。

でも僕が小学6年の時に女性の体に興味が出て来て胸や陰毛は見慣れていましたが、アソコに興味が沸きました。それで一緒に湯船に入っていて姉が出る時に後ろから股の間を覗き込む行為を繰り返していました。
その事がバレたのか?
「そろそろ1人でお風呂入ったら?」
と、言われてしまい別々に入る事になりました。

それから僕が高校生になるといつしか姉の下着を盗んで姉を想像してオナニーするようになりました。僕のお気に入りはレースの付いた黒のパンツでした。

僕が高校2年の時、夜遅くに玄関で大きな音がして、見に行ってみると姉が泥酔して横たわっていました。姉に肩を貸し何とか2階の姉の部屋まで運ぶと部屋に入るなり、いきなり僕にキスをしてきたのです。

「ありがと~」
とか言いながら・・・キスもした事無かった僕はビックリしました。
酒の臭いがすごかったけど、キスの感触が良くてフラフラの姉に今度は僕からキスしました。姉は
「ん~っ」
と声を出し驚いていたようですがキスし終わると、なぜかクスクス笑っていました。

姉はスーツの上着を脱ぎ、僕に渡したのでハンガーにかけました。
姉がベッドに腰掛けると、僕も隣に腰掛ました。意識がハッキリしない姉に
「大丈夫?」
と声をかけましたが返事はありません。
僕はドキドキしながら胸に手を伸ばし軽く触りました。何も反応が無いので、もんでみると
「もーっ」
と僕の手を払いのけベッドに倒れ込みました。

しばらく様子を見て、また僕は姉の胸をもみました。もう寝てしまったのか反応は無く
僕は調子に乗ってシャツの上からブラをずらして乳首をさわったり、胸をもみ続けていました。しばらくすると、姉がかすかに

「・・ん・・・んっ・・・・ん」
と声を出し始めたのです。
僕はその時
「え?気持ち良いの?怒ってないの?」
って思いました。

僕は緊張で手が震えながら、ブラウスのボタンを外していきました。
その僕の手に、姉は自分の手を添えていました。白のブラが見え、外し方の分からない僕はブラを上にずらしました。
久しぶりに見る姉の乳房。昔見た時よりすごくHに見えました。僕は夢中で乳首にしゃぶりつき、アダルトビデオで見たように吸ったり舐めたり、唇で噛んだりしていると乳首がコリコリと硬くなるのが舌先の感触で分かりました。

姉を見ると横を向いたまま、目を閉じています。
乳首を吸いながら、僕の右手は自然と姉の股間に・・・スカートの中に手を差し込むと一瞬、ビクッっとしましたが姉が足を開いたので僕はそのままパンツをさわりました。
あの部分はすごく熱く、そしてやわらかかったです。

パンツの中に手を入れると、すぐにモアモアとしたやわらかい陰毛に指が触れさらに指を伸ばすと「ヌルッ」という感触がありました。
「あ・・・濡れてる!」
割れ目に沿って指を動かすと
「クチュ、クチュ、クチュ・・・」
と、とてもいやらしい音が聞こえてきて、すごく興奮しました。

「ん・・んっ・・うっ・・あ・・あん・・」
僕の指の動きに合わせて、姉が声を出し始めて僕の愛撫に感じているのが嬉しく思えてしばらく乳首を吸いながら、手マンしていました。僕はもう破裂しそうなぐらい勃起していて我慢の限界でした。
姉のパンツを太もも辺りまで降ろした時

「ちょっと待って・・」
と、姉がパンツを押さえて言った。
「・・・やっちゃうの?」
「え?・・・・だめ?」
「・・・・・・。」
「もう我慢できないよ・・・」
「・・・・・・・・・・じゃあ、電気消して」

僕が立ち上がり電気を消している間に、姉はスカートを脱いでいました。
ベッドに戻ると
「初めてだねよ?いいの?」
「うん・・・・おねぇちゃんは?」
「私、彼氏にフラれちゃったんだよね・・・で、今日やけ酒しちゃって・・・今日だけだよ?」
「うん」

そう言うと姉はベッドに仰向けになったので僕はもう1度パンツを降ろしました。
僕もパジャマのズボンとパンツを脱ぎ、姉の両足の間に移動しました。
部屋は真っ暗ですがコンポの明かりでかろうじて青白く、姉の体が確認できました。

無我夢中で勃起したペニスを入れようとしますが入りません。すると姉がペニスを持ち入り口に導いてくれて
「いいよ。」
するといとも簡単に「にゅる」と亀頭ぐらいまで入りました。そのまま腰を入れていくと壁にぶち当たりました。
中は暖かくてヌルヌルで最高に気持ちが良かったです。

「中で出しちゃダメだよ。」
「・・・うんっ」
僕はもう少しでも動けばイッてしまいそうな状態になりました。。

それでもゆっくりと腰を動かすと5ピストンもしない内に
「う~・・・出そうっ」
「ダメ!抜いてっ」
ペニスを抜いた瞬間、姉のお腹の上にどぴゅどぴゅと射精してしまいました。あまりに勢いが良くて姉の顔にも少し精液がかかりました。

姉がティッシュで精液を拭き取りながら
「どう?満足?」
「・・・もう1回ダメ?」
「今のは早すぎたからねぇ・・・・いいよ。」

そう言うと姉は突然僕のペニスをパクリと咥えました。姉の舌がペニスにまつわり付いてすごく気持ちが良くて、一瞬でカチンカチンの勃起状態になりました。そしてゆっくりと頭を上下させた後
「あんまりやると、また出ちゃうからね。」
そう言ってフェラチオをやめました。

僕はもっとやってほしかったのですが
「下になって。私が上になってあげる。」
僕は姉に言われたとおり、仰向けになりました。

姉は僕の上に乗ると
「あんまり激しくやると、バレちゃうからゆっくりやるね このベッド、ギシギシうるさいから・・・」
姉はペニスを持つと、ゆっくりと腰を落とし挿入しました。
「ぅ~ん・・・んっ・・んんっ・・イク時は言ってね。」
そう言いながら姉はゆっくりと腰を動かしました。浅く・・・浅く・・・深く・・・円を描きながら器用に腰を廻しています。

「あ~・・・おねぇちゃん、気持ち良いよぉ~」
「・・・私も気持ち良いよ・・んっ・・あっ・・あん・・・」
姉は僕の頭の両脇に腕をついているので目の前で2つの乳房がゆれていました。
僕はパン食い競争のように頭を上げ乳首にしゃぶりつきました。

姉は僕に抱きつきながら腰を動かし頬と頬が触れ合いながら、熱い吐息まで感じました。僕は両手で姉の尻に手を添えて、尻の動きにあわせ姉のすべすべの肌を堪能していました。スベスベで張りがあり気持ちが良かったです。

少し余裕ができてきて、姉の動きに合わせて自分も腰を動かしました。
するとすぐに絶頂が近づいてきて
「あ~・・おねぇちゃん、もうイキそうだよ・・」
「・・うん。」
姉は少し腰の動きを速めました。
ギシ、ギシ、ギシ・・・ベッドの音が少し大きく鳴り出し
「あーっ・・・イクっ・・・イクよぉ~」
その瞬間、姉はペニスを引き抜き口に含んでくれました。

「どぴゅっ!どぴゅ、ぴゅっ・・・ぴっ」
2回目でしたが大量の精液を姉の喉の奥に発射したのです。姉は綺麗に精液を全て飲み込み舌で亀頭の周りを吸い取ってくれました。その時、身が震えるほどの快感が襲ってきたのです。

「あぁ。。。ダメ・ダメ・・・狂いそうだ!」
僕は初めて味わうあまりの快感に叫んでいました。
すると姉はしゃぶることを止めてくれました。後はチッシュで拭き取ってくれると
「じゃあ、私シャワー行って来るからもう部屋に戻りなよ。」
「・・・うん、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。」
姉はそう言いながら部屋を出て行きました。

次の日は別にいつもと変わらない僕達でした。
その日から時々、姉が酔って帰ってきた時はやらしてもらえますが普段の日は
「ダメッ」
と一喝され相手にされません。姉はお酒が入ると道徳感が薄くなり淫乱になるみたいです。毎日、酔って帰ればいいのに・・・これが僕の本音です。

 

掲示板が完成しましたキラキラ

 投稿者:teacup.運営  投稿日:2012年10月 3日(水)10時44分30秒
返信・引用
  ご利用ありがとうございます。

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